第131節
ハネッ返りの美女将軍
                                   自由奔放な気風


ェ〜〜イ!!
孫権は背後から突然、思いっ切り脳天を引っ叩かれた。
痛デッ!!痛ジジジジジジ・・・・・・
目の玉が飛び出て、顔からは火が吹き、暫くは眼の前にがチカチカ舞ってしまう。凶器は何か細い笹竹みたいな物だったから怪我はしないが、急所を目掛けて来るから、その痛い事、痛い事・・・・ 無礼者! と怒鳴って振り向けばーー其処に立って居るのは・・・・


ーー案の定・・・・いつも通りにキラキラ瞳を輝かせた

凛華であった。
「こいつめ、又やりやがったな

孫権の怒りなど物かわ、その女の子は、して遣ったりの大喜び。
「権兄様、ダメじゃないの。スキだらけだったわよ。」

全く邪気の無い大ニコニコで愛らしい。だから、ついつい本気には怒れない。未だ幼さが残る年齢だが途轍もない美形であった。2、3年もすれば蕾が開花して、絶世の美女に成る事間違い無しであった。心根は
天衣無縫清蘭若竹
「頼むから、この兄をオモチャにするのは止めて呉れ。」
「や〜だモン。兄様だけじゃ無いもの。将軍サン達にも皆、こう
 やって遊んでるんだからネ。」
「−−ったく仕方無えなあ。もし又今度やったら、策兄上に言い付けてやるからな

「ヘ〜ンだ。策兄様はネ、なかなか元気が良くて頼もしい、之からの時代は女でも強い方が好いって褒めて呉れるモンネ〜
」と憎まれ口をきく。
それならと、逆に襲撃してみたが、之が又なかなかに勘が良くて直ぐに気取られてしまう。
「あ〜ら権兄様、どうしたの?可愛い妹の為に、何か素敵なプレゼントでも持って来て下すったの?」と涼しい顔で逆ネジを喰らってしまう。

−−かと思えば・・・・外出時にヒョッコリ眼の前に飛び出して来て
ア ・ ニ ・ウ ・エ♪♪〜」と、後ろ手にしていた摘み花の束をスッと差し出して来る。

”女の癖に”平気で川へ潜って魚を突いて来る。それも下着1枚で水から上がって来るものだから、こっちの方が面喰らってオロオロしてしまう。兎にも角にも恐いモノ無しである。何しろペットとして、本物の虎とジャレ合って居る始末。生まれたばかりの虎児を拾って来て、そのまま手懐け、今では猛虎すら、彼女の前では借りて来たネコ同然であった。まして人間相手では全くの天下無敵・・・・
ボーン・フリー・・・・

「あ〜あ、つまんない。何で私、女に生まれたの?断然、男の方が良かったのにナア〜〜!」



ーー
”イタズラ天使”、”愛らしき小悪魔・・・・
是れが、
少女期孫 凛華であった。
そんな日々から、はや幾星霜・・・・・
彼女は皆の予想通り、いや予想以上に、すっかり蕾から大輪の花へと成長。絶世の美女へと花開いていた。多分、母親と父親の
”美の遺伝子”だけを優性的に受け継ぎ、今それが世の中にキラメキ出したのであろう何もせず黙って座って居れば、もう是れは
天下の名花の名を冠しても良いであろう。但し飽く迄、何もせず黙って座って居れば・・・・の箇条書き付きである。現実の、生きている彼女と来た日にはーー
    (※
此処から先は、シッタカ・ブリー嬢にレポートして貰おう)

oハイハ〜イ、では是れより先は同じ王族出身の私シッタカブリッコが、此処・呉のお城から孫凛華様について御報告申し上げま〜す。ーーさて、成人後の姫様ーー
読者の皆様の御想像の通り・・・・どうにもこうにも手に負えぬ

ジャジャ馬姫様 と成られて居たので御座います。とは
申せ、1部誤解されている如くに、決して甘やかされて育って参った訳では有りませぬ。ですから、世間一般の女性達が好む宝石だの綺麗な着物だのには全く淡泊で在られますし、少女期の如き殿方のオツムを背後から引っ叩くなんて事はピタッと御止めに為られて居ります。言葉使いも物言いも、すっかり改められ、それはそれは気持の良い程で御座います。又もう、スッポンポンで川へ入ってゆく様な事も御止めになりました。ーーでは御座いますが其の代り、或る日突然、”
目醒め”られてしまわれたので御座います。何にか?って・・・・それは、夢見る乙女・・・なんて事は有り得ません。


に成る!」・・・・事に御座います。もう少し正確に申し上げますと、以上のに成る!」事に、生き甲斐を見い出されたてしまったので御座います。−−どうすれば成れるか?と真剣に考え続けた結果、辿り着かれた結論は・・・・
一流の武芸者、いいえ戦場で活躍出来る様な、本物の
武人に成る!!と云う、トンデモナイ結論で御座いました。少なくとも万が一、兄上様達が留守の時に〔山越の反乱〕が起こった場合、姫様が御独りで居城を守り通せる様に成ってみせる!!・・・・と心密かに誓った御様子で御座います。何しろ御幼少の砌より、ジッとしては居られ無い衝動が、全身に満ち充ちていた御方です。きっと、〔孫一族特有の武烈の血が、男の御兄弟同様に、我が姫様にも(間違って)色濃く受け継がれて居るので御座いましょう。
ーーそして何より、此処が私のレポーターとしての、1番肝腎な御報告ポイントだと思うのですけれど・・・・此の様なジャジャ馬姫様が、突然変異的に発生した理由について、私は以下の様に考察致して居ります。
【A】呉地方の風土に因る影響〉
古来より、地理的に、貴族文化圏からは疎遠で在り続けて来た為に培われた、中央(都)の、形式尊崇の旧習に囚われぬ〔伸びやかで、在りたいが儘の個性の存在を許容・許認し合う〕、呉地方本来の持つ風土が、その基盤に在った事。
【B】新興勢力としての膨張力に因る影響〉
孫氏政権と云う、成り上がり者的な新興勢力に於いては、自由闊達で在るしか無い、この正に、国家膨張時期独特の気風・気運が最も勢い盛んであったと云う背景が在った事。
【C】DNAが子に及ぼす影響〉
親の遺伝子が、其の次世代(子)に引き継がれる場合、優性遺伝的な因子は男女を問わずに現われ得るのであり、孫氏のケースでは、それが♂であれば孫策や孫翊であり、♀であったのが凛華であった。
【まとめ】以上ABCの3つの要因・要素が、複合的かつ加速度的に結合して、時代の要請として、この地上に出現させた典型的で特異な妖精・・・・それが彼女である!のだと思う次第で御座います。

 ーーさて、こうと決めたら、雷が落ちようともビクともしない肝の据わった御方で御座いますから、御自分は無論の事、お側に侍る者達(侍女達)全員にも其れが伝わり、集められた者達は全て
女だてら”や”男まさり”の〔ピチピチおきゃん〕・〔おてんば娘〕ばっかし・・・・後の世では「女性軍」とか「女性陣」などと云う言葉が有るそうで御座いますが、正に其れは、この姫様の大奥の為に在る様な表現と申せましょう。
いま私は、その姫様の御屋敷前から生中継いたして居りますが、あっ!聞こえて参りました。ご近所からの聞き取り調査に拠りますと、是れは連日連夜、雨が降ろうと槍が降ろうと、1年中続いている物音だとか。広〜い御屋敷ですから、よ〜く耳を澄まさないと聞き取れぬのでは御座いますが、時折、先程の如く、絹を引き裂く様な疳高い嬌声?いや絶叫?が届いて来る次第であります。その何処と無く変に色っぽい物音の正体は何か!?ーー其れを突き止める為、私は只今から、御屋敷内に潜入して、直接に現場の模様を皆様に御伝えする覚悟で御座います。・・・・では、いざ突撃レポートを開始致します!ーー(只今潜入中)−−ハイ、どうにか今、御屋敷の庭先まで潜入に成功致しました。あ、先程までの物音が今度はハッキリと聞こえて参ります。早速その音源に近づいてみようと思います。・・・・と、オヤまあ〜、奥御殿だと申しますのに、何やら武道場の様な大きな建物が見えて参りました。あ矢張そうです。中から猛烈な掛け声、裂迫の気合が響き渡って来ております!勿論、女性のキェ〜イ!!で御座います。ちょっと格子窓から中の様子を覗いてみましょう。・・・・わっ!何たる光景で有りましょう!白襷で袖をたくし上げた、未だうら若い乙女達が手に手にギラギラ光る薙刀を振り翳し、丸で実戦さながらの如き立会いを致して居ります。あ、今、相手を叩き伏せたグラマラスな女性が、この御屋敷の女主人・孫凛華姫で御座います。丁度今此方を向きました。まあ其の立ち姿の何と凛々しい事でしょう!
女の私でも思わず惚れ惚れする様な
女ぶりで御座います。その横では剣の素振りや槍を扱いている者達が2・30人。おお、其の脇には弓道場まで在って、是れまた乙女達が次々と弓矢を放って居ります。まあ!!更に其の奥には馬場まで備わり、厩舎には駿馬が数十頭・・・・・是れは最早、奥御殿と言うより、総合練武場、国営総合女性スポーツセンターと申せましょうか!?是の想像を絶する光景を前に致しましては、流石の私も只々唖然忘全とするばかり・・・・で御座います。私、本書では是れまで、専ら貴婦人達のレポートばかりして参りましたので、何だか冷や汗が出て参りました。ですので此の場からは撤退させて戴く事と致します。
 但し、皆様とお別れする前に、是れだけはお伝えして置きたいと思います。其れは、姫様は武芸オンリーでは無い!と云う点で御座います。君主と成られた孫権様が、悪ガキだった呂蒙将軍に対して、かつて勉学を勧告されましたが、その際に推薦した図書の有った事を知り、姫様は其れ等の悉くをマスターされる程の、
猛勉強家でもお在りで御座います。その結果、最近では頓に、天下の情勢やら諸国の事情にも通暁されて居る御様子。其の事を御報告した上で、此の現場からのレポートを終了させて戴きます以上、練武場前から、シッタカブリーでした。
 あ!知ったか振りで思い出しましたのですが、皆様、
呉服とか【呉服屋】さんと云う言葉は御存知ですわネ。和服つまり着物の事ですが、何で”呉服”かと申しますれば、】の【だからで御座いますヨ。此処・呉の国で、三国時代に人々が着ていた服は、丸で後世にお国の人々(日本人)が着た和服そっくり、と謂うより、こちらが本家・元祖なので御座いますノヨ。
 ついでにもう1つ・・・・三国時代の履物なのですが、貴婦人方は勿論、殿方達も、普段の私生活では
下駄を履いていたので御座います。無論、古来よりズック靴の様な布製の履は在りましたが、少なくとも此の呉の国に於ける日常私生活では左様で御座いました。その証拠が1984年の6月に、朱然将軍の御墓から発掘されるのです。その場所は呉の国の「牛渚」=(現安徽省馬鞍山市)なので御座います。姫様の様な高貴な女性ともなれば、漆塗りの綺麗な鼻緒の付いた、それは高価な物を履かれたのです。もっとも運動量の激しい凛華姫様は、せっかく孫権様がプレゼントして下さった赤い鼻緒の可愛らしい下駄を殆んど履かれる事は御座いませんけれど。朱然将軍の御墓からの出土品については、いずれ筆者サンが詳しく紹介する事でしょうが、ついでだからもう1つ・・・・三国時代の人々の生活には椅子が無く、皆、床に平座りでしたノヨ。その証拠も同じく馮几ひょうきと呼ぶ、日本の”脇息きょうそく”そっくりの安楽用調度品として出土しています。

ーー
呉服を着て下駄を履き床に座って暮らして居た・・・・読者の皆様には、どこか懐かしい気持に成られるのでは御座いませんでしょうか?もっとも、リアルタイムの倭国の人々は、未だ野蛮人だったのですけれどネーー(きっと筆者サンは、当時の日本の様子を知る為に、『正史三国志・魏志(書)倭人伝』も、そのうち紹介すると思いますワヨ)

・・・・と以上、御報告は、シッタカブリッコこと、プリンセス・シッタカブリーで御座いました。


   




「ア・ ニ ・ウ ・エ ・♪♪〜〜
「わっ!出たな!?」


「まあ人聞きの悪い!何をそんなにビビッテいらっしゃいますの」

「ウ、ウウ、”条件反射”と云うやつじゃ!」

「ん、もう〜、そんな事だから、曹操の狒狒ジジイから馬鹿にされるんで
ス!兄上は気合が足りんのです!男は気合ですヨ!」
女は度胸ッて言いたいダロ・・・・(ぶつくさ)・・・・
「今、何か仰いました?」

「いや何も。ああ〜、それにしても、今日は好い天気じゃなあ〜」
「兄上!!」
思わず
「ハイッ!」

「真面目なお話しが御座います。」

「おお、結婚したい相手でも見つけたか!」

「何で結婚相手が真面目な話しなのですか!」

「−−エエツ??結婚は真面目では無いのかナア〜??」

「私は一生、結婚なんてしません!!」

「あ、あ
あ、あああ!やっぱしオマエ、周瑜兄様・公瑾兄上が好きなんだろう!?」

「アラ、悪くって?私のお婿サンは周郎様って、小さい時から決めて居たんだからネ!」

「あ・の・なあ、兄と妹では結婚は出来無いんじゃぞ〜。」
「へ〜ん、平気だモン。私は此の儘で好いの!!
兄上!そんな事では有りません
「ハイ!」

「策兄様が亡くなられ、権兄様は今、呉の国の君主サマでしょ!
それが何よ!何時もヘイコラ廻りの顔色ばっかし見ちゃってさ。シャキッとしなさいシャキッとね。一体全体、何考えてんのよ〜!?狒狒ジジイから人質要求が有った時だってさ、ひとこと『却下!』って言えば済むものを、ウダラカダラと屁っ放り腰でさあ。んもう〜女の腐った奴みたいだったわよ。我が兄ながら情け無いやら口惜しいやら・・・・衆議の場へ乗り込んで行ってキェ〜イッ!て喝を入れたい位だったわよ!
 さっさと、父上の仇、策兄上の無念を晴らし為さいよ!!多寡が耄碌爺イ1匹、いつ迄かけてる心算!? 早くしないと、今度は狒狒ジジイの方が、この可愛い妹を狙って、呉の国へ攻め込んで来るでしょ!? 其の前に是が非でも、荊州の一角を、キッチリこっちのもんにして置く事が肝腎ヨ!」

「−−女の身で、良くまあ其処まで識って居るなあ〜!」

「人の事を感心してる場合じゃ無いでしょ!さあ、今すぐ此処で、その存念を開陳して見せて頂戴!!然も無いと、本当に一発見舞いますヨ!!それとも、此の私が女将軍と成って全軍を率い、耄碌爺イを討ち果して来ましょうか!?」

「解った、解った。御前なら本当に遣り兼ね無いからナア〜。実は・・・。」孫権は、この妹にだけは、軍事機密を語って聴かせた。

「ーーそう。周囲の雰囲気で、そうだとは思っていたけど、直接君主サマの口から聞いてチョットだけ安心したわ。」

「何でチョットだけなんだい?」

「んもう〜、やっぱし愚図なんだから〜!本番は次の次でしょ!時間は少しも残って無いわよ!!」

「ハイ!仰せ御尤も・・・・」

「シャキッとね。シャキッとしなさいよ!男は度胸、女は愛敬で御座いましょ。」
「ウム、お互い、言うは易し、行なうは難しジャナあ〜〜!!」

プッと吹き出しながら、凛華は又、後ろ手から摘み花の束を差し出すのであった・・・・。
   
この兄妹の会話から
1年後209年・・・・
そのジャジャ馬姫様は
孫夫人と正史に記される事と成る。即ち、あのケタ外れのダメ男・劉備玄徳の正妻として嫁いでゆくのである。




ーーと、以上・・・・この第131節の場面描写は、丸っきりの創作で終了する事とする。何と無く、呉国の雰囲気が伝われば好しとするものである。無論、彼女の本当の名前も伝わって居無い。
 但し・・・・
1年後に孫権の妹が劉備の正妻と成る事は史実だし、208年の此の年に、呉の全軍が荊州・黄祖の討滅戦に向かって出陣してゆくのも史実である。更には又、曹操が100万と呼号する大軍団を率いて、既に黄河を押し渡っているのも事実である。そして・・・・その黄祖戦の直後に、呉と魏との〔赤壁の大決戦〕が繰り広げられるのも亦、隠れも無い史実なのである。

前年207年
ーー・・・・劉備、隆中にて諸葛亮を獲得。
        
 8月・・・・曹操、万里の長城越に成功。
今年208年
正月・・・・曹操、業卩城に凱旋。
          春
(現在)・・・・孫権、荊州に侵攻。(黄祖戦)
         
7月・・・・曹操軍百万、南征へ。業卩を発軍。
       
  12月・・・・赤壁で魏・呉激突!

曹操との激突が予想される「孫呉政権」としては、兎に角いま、
その前に先ず、「黄祖の撃滅=荊州東部の併呑」が絶対的な
緊急課題であった。
ーーその合言葉は
報仇雪恨!”


・・・・実は、正に此の呉の地には、今から700年前・・・・その一生を復讐に捧げた壮絶な人物が居たのである。当然、呉の国の者なら将兵は勿論、一般庶民すら彼の凄絶な復讐譚を知っていただからこそ、この合言葉は呉の全軍の隅々にまで染み込んでいるのであった。





古今東西、復讐は人間にとって、最大のエネルギーを発露させる源泉であるらしい・・・・・
【第132節】 臥薪嘗胆物語り (報仇雪恨の系譜)→へ