タ
詠懐古跡 (五首) 其之五
【杜甫】
諸葛大名垂宇宙 諸葛の大名は 宇宙に 垂る
宗臣遺像粛清高 宗臣の遺像は粛として清高
三分割據紆籌策 三分 割據して 籌策を紆らす
萬古雲霄一羽毛 萬古 雲霄 一羽毛(雲霄=空の涯て)
伯仲之間見伊呂 伯仲の間に 伊・呂を見る
指揮若定失蕭曹 指揮 若し定まらば蕭・曹を失せん
運移漢祚終難復 運移りて 漢祚 終に復し難く
志決身殲軍務勞 志は決するも身は殲ぶ
軍務の勞に
(※註解)
宗臣・・・重臣 伯仲・・・良く似た兄弟
伊・呂・・・伊は伊尹 呂は太公望・呂尚で共に古代の名宰相
蕭・曹・・・蕭は蕭何 曹は曹参で共に前漢・草創期の大功臣
〔通釈〕
ああ、諸葛亮孔明の名声は、時空を超えて、天地に遍く知れ渡り、
人々が仰ぎ尊ぶ孔明の像は、今もこうして、厳粛で清らかな気品を
湛えている・・・・孔明は、劉備の為に「天下三分の籌策」をめぐらし、
永遠に大空を飛ぶ霊鳥の様な才能を示した。孔明と優劣を定め難い
人物としては、伊尹と呂尚が居るだけであり、孔明の指揮がきちんと
行なわれていたならば、蕭何も曹参も必要では無いであろう程だった。
嗚呼それなのに、運命は移ろい、漢の正当の帝位は終に再興できず
魏を伐つ決意はしたものの、軍務の苦労が重なって、とうとう孔明は
帰らぬ人となってしまうとは・・・・・
隆 中
【蘇軾】
諸葛來西國 諸葛 西国に来たり
千年愛未衰 千年 愛 未だ衰えず
今朝遊故里 今朝 故里に遊べば
蜀客不勝悲 蜀客 悲しみに勝えず
誰言襄陽野 誰か言わん 襄陽の野
生此萬乘師 此の万乗の師を生まんとは
山中有遺貌 山中に 遺貌有り
矯矯龍之姿 矯々として 龍の姿なり
龍蟠山水秀 龍 蟠まれば 山水 秀で
龍去淵潭移 龍 去れば 淵潭 移ろう
空餘蜿蜒迹 空しく 蜿蜒の迹を余し
使我寒涕垂 我をして 寒涕 垂れしむ
(通釈)
諸葛孔明は、西蜀の地に来て名声高く、千年にもわたり、土地の人々に敬愛され
続けている。今朝、そのゆかりの地、隆中に来てみると、蜀からの客・・・・私は、
悲しみの思いに耐え難い。 ああ、誰が予想したであろうか。この襄陽の田野に
万乗の天子の師たるべき、此の孔明が出ようとは。
周囲の山々には、孔明をしのぶ面影が有り、その有様は矯々と連なって、飛び
立つ龍の様である。臥龍・孔明が居た時には周囲の山水も秀麗しかったが、臥龍・
孔明が去ってしまうと、深い淵潭さえ水が涸れたかの様だ。今は空しく、蜒々と続く
山並だけが遺り、この私に、寒しみの涙を流させるのだ・・・・。
蜀 相
杜 甫
丞相祠堂何處尋 丞相の祠堂 何れの処にか尋ねん
錦官城外柏森森 錦官城外 柏 森森
映階碧草自春色 階に映ずる碧草は自ら春色
融葉黄麗鳥空好音 葉を隔つる黄麗鳥は 空しく好音
三顧頻煩天下計 三顧 頻煩なり 天下の計
兩朝開濟老臣心 両朝 開済す 老臣の心
出師未捷身先死 師を出して未だ捷たざるに身先ず死し
長使英雄涙滿襟 長えに英雄をして 涙 襟に満たしむ
(通釈)
丞相”諸葛武候”の祠堂は、何処に尋ねたらよいのだろうか。それは此処、錦官城外の、
柏樹が森々と茂る所にある。階から眺める辺り一面には、青草が広がり、おのずと春の
気配が溢れ、葉影に隠れ飛ぶ黄麗鳥は、空しくも美しい声で鳴いている。
その古、劉備は孔明の草盧を三たび迄も訪れて、天下の大計を求め、感激した孔明は、
先主(劉備)・後主(劉禅)の両朝を開き済けて、老臣の心を尽くし傾けたのだ。だが、北伐の
軍を興したものの、勝利を得るを見ないまま、その身は先ず戦陣に没し、後世の英傑達に
今もなお、痛恨の涙で襟を濡らさずには止まないのだ・・・・。
讀諸葛武候傅 書懐
贈長安崔少府叔封昆季
(諸葛武候の伝を読み、懐いを書し、長安の崔少府叔封昆季に贈る)
ーー「李白」−−
漢道昔云李 漢道 昔 云に李となり
群雄方戦争 群雄 方に 戦い争う
覇圖各未立 覇図 各々 未だ立たず
割據資豪英 割拠して 豪英を資とす
赤伏起頽運 赤伏もて 頽運を起こし
臥龍得孔明 臥龍もて 孔明を得たり
當其南陽時 其の南陽の時に当たりては
隴畝躬自耕 隴畝に躬自ら耕す
魚水三顧合 魚水 三顧して合し
風雲四海生 風雲 四海に生ず
武候立岷蜀 武候 岷蜀に立ち
壯志呑咸京 壮志 咸京(長安)を呑む
何人先見許 何人にか 先ず許されし
但有崔州平 但だ 崔州平 有るのみ
余亦草間人 余も亦 草間の人
頗懐拯物情 頗る懐く 物を拯うの情
晩途値子玉 晩途に 子玉に値い
華髪同衰榮 華髪まで 衰と栄とを同じくせんとす
託意在經濟 意を託するは 経済に在り
結交爲弟兄 交わりを結んで弟兄と為る
毋令管與鮑 管と鮑とをして
千載獨知名 千載に 独り名を知らしむ毋かれ
(通釈)
ーー諸葛武候なる孔明の伝記を読み、胸中の懐いを書きしるし、長安県の県尉・崔叔封兄弟に贈るーー
その昔、漢の政道は衰えて、李の世を迎え、群雄は戦い争う日々となった。天下の覇者
たらんとする彼等の野望は、互いに未だ実現されず、豪傑・英雄の力を資として、各地に
割拠して居た。 後漢の光武帝は、赤伏符の瑞祥の予言によって、漢の衰運を建て直し、
蜀漢の昭烈帝(劉備)は、臥龍なる人物評によって、諸葛孔明を得たのだった。孔明は南陽
に隠棲して居た頃、田畑に出ては、みずから耕作していたものだ。魚(劉備)と水(孔明)とは、
草盧三顧の礼によって合体し、新たな風雲が四海に生ずる事になったのだ。諸葛武候は
岷蜀の地に拠って立ち、その壮志は、魏の西都・長安をも呑み込む程だった。
孔明の才能を最初に認めて呉れたのは、一体誰だったのだろうか。それは唯、博陵出身
の名士、崔州平だけであった。私もまた、当時の孔明と同じ在野の士だが、天下の万物を
救い助けようと云う自負は、人並以上に抱いている・・・・。
遊諸葛武候書臺
(諸葛武候の書台に遊ぶ) 陸 游
シ正陽道中草離離 シ正陽の道中 草 離々たり
臥龍往矣空遺祠 臥龍は往けり 空しく祠を遺して
當時典午稱猾賊 当時 典午 猾賊に称い
氣喪不敢當王師 気 喪なわれて 敢えて 王師に当らず
定軍山前寒食路 定軍山 前 寒食の路
至今人祠丞相墓 今に至るも 人は祠る 丞相の墓
松風想像梁甫吟 松風に想像す 梁甫吟
尚憶幡然答三顧 尚 憶う 幡然として三顧に答えしを
出師一表千載無 出師の一表 千載に無し
遠此管樂蓋有餘 遠く 管・楽に比するも 蓋し余り有り
世上俗儒寧辨此 世上の俗儒 寧ぞ 此れを弁ぜん
高臺當日讀何書 高台 当日 何の書をか読める
※後主・劉禅は、諸葛孔明の生涯の忠節に感じ、死後に『忠武候』の諡号(おくりな)を与えた。
(通釈) ーー諸葛武候の読書台を訪れてーー
ここシ正陽の道すじには、草が離々として生い茂る。臥龍・孔明は遠く去って、空しく祠
だけが遺された。当時、典午なる司馬懿仲達は、狡猾な賊将にふさわしく、勇気も喪く
したまま、正義の蜀軍と戦おうとしなかった。ああ、定軍山のふもと、寒食の季節の路よ、
今に至るまで、人々は諸葛丞相の墓を祠っている。
吹き渡る松風の音には、かの「梁甫吟」のうたを想い、いま尚 憶い出されるのは、孔明が
幡然と起ち上がって 劉備の三顧に答えたこと。 『出師の表』のような文章は、千年来、
書かれていない。遠く 管仲・楽毅に比べても、孔明はさらに優れていよう。世間の俗儒
たちには、その事が分からない。
この読書台で、当時、孔明は、どんな書物を読み、何を考えて居たのだろうか・・・・・。
★ 星落秋風五丈原 ★
「土井 晩翠」
(※ 原詩1〜7の全文は、別章にて紹介予定)
(1)
祁山 悲秋の風 更けて
陣雲 暗し 五丈原、
零露の文は繁くして
草枯れ 馬は肥ゆれども
蜀軍の旗 光無く
鼓角の音も 今しづか。
* * * *
丞相 病あつかりき。
(2)
嗚呼 南陽の旧草盧
二十餘年の いにしへの
夢 はた いかに 安かりし、
光を包み 香をかくし
隴畝に 民と交われば
王佐の才に 富める身も
ただ一曲の 梁父吟。
閑雲 野鶴 空闊く
風に嘯く身はひとり、
月を湖上に砕きては
ゆくえ波間の 舟ひと葉、
ゆうべ 暮鐘に誘われて
訪うは 山寺の 松の影。
江山さむる あけぼのの
雪に驢を駆る 道の上
寒梅 痩せて 春早み、
幽林 風を穿つとき
伴は 野鳥の暮の歌、
紫雲たなびく洞の中
誰そや 棊局の友の身は。
其 隆中の 別天地
空のあなたを眺むれば
大盗 競そい はびこりて
あらびて 栄華 さながらに
風の 枯葉を掃うごと
治乱興亡 おもほえば
世は 一局の棊なりけり。
其 世を治め 世を救う
経綸 胸に溢るれど
栄利を俗に求めねば
岡も臥竜の名を負いつ、
乱れし世にも花は咲き
花 また散りて 春秋の
遷りは ここに 二十七。
高眠 遂に 永からず
信義 四海に 溢れたる
君が三たびの音づれを
背き はてめや 知己の恩
羽扇 糸侖巾 風軽き
姿は替えで 立ちいずる
草盧 あしたの ぬしや たれ。
古琴の友よ さらば いざ、
暁 さむる西窓の
残月の影よ さらば いざ
白鶴 帰れ 嶺の松
蒼猿 眠れ 谷の橋
岡も替えよや 臥竜の名
草盧 あしたは ぬしも なし。
成算 胸に蔵りて
乾坤 ここに一局棊
ただ掌上に指すがごと、
三分の計 はや成れば
見よ 九天の雲は垂れ
四海の水は 皆 立て
蛟竜 飛びぬ 淵の外。
※ (3)〜(7)は割愛
(原詩の最終章)
嗚呼 五丈原 秋の夜半
あらしは叫び 露は泣き
銀漢 清く 星高く
神秘の色につつまれて
天地 微かに光るとき
無量の思 齎らして
「無限の淵」に立てる見よ、
功名 いずれ 夢のあと
消えざるものは ただ誠、
心を尽し 身を致し
成否を天に委ねては
魂 遠く 離れゆく。
高き 尊き たぐいなき
「悲運」を 君よ 天に謝せ、
青史の 照らし 見るところ
管仲 楽毅 たぞや彼、
伊呂の伯仲 眺むれば
「万古の霄の一羽毛」
千仭翔る 鳳の影、
草盧にありて 竜と臥し
四海に出でて 竜と飛ぶ
千載の末 今も尚
名は かんばしき 諸葛亮。
【第99節】 嵐を呼ぶエルドラド(黄金境) →へ