【第247節】
「では、参ります。」 歩兵8千と騎兵2千、合わせて1万を率いた関平が、馬上姿も頼もしく、父・関羽に声を掛けた。
「ウム徐晃本人の姿が確認できたなら狼煙をあげよ。儂も直ちに駆け付けようぞ。但し、徐晃本軍で無かった場合には即、引き返して来よ。」
分散させられる事だけは 用心して置かねば成らない。
「一切承知!では。」 歯切れ良い青年の微笑に関羽も頷いた。
「いざ、出陣〜ん!!」 「おお〜う!!」
砂塵を巻き上げつつ、人馬の大奔流が大手門から出撃してゆく。
「ーーいよいよ始まりましたナ・・・。」
その全員が荊州出身の青壮年で在った。うち騎兵は ほぼ全員が例外なく地方豪族に属する、謂わば《プロの兵士》で構成されている。それに対し、全軍の8割以上を占める歩兵(輜重要員も)は1部将校を除けば皆が皆【農民】であった。当然 故郷では妻子や親兄弟が、彼ら 父親や息子・兄たちの 無事の帰還を 祈りながら待って居る。 誰も 公式の場では そんな話はしないが、一旦私的な親しい時間ともなれば、互いの話題は 専ら家族や故郷の話になる。彼ら兵士は皆、戦争が終れば故郷の邑に戻り、野良に出て米や粟・稗、野菜を栽培しながら一家の生計を支える働き手・大黒柱なのである。無論 誰だって死にたく無いし 五体不自由な傷痍の身に成って還りたくは無い。今は 詮方なく 戦闘服を着け武器を手に持ち、雄々しく進撃する兵士達なのだが、よくよく彼等を見れば皆 ごつごつした 農作業に適した手を持つ 庶民・家庭人なので在る。無論文字の読み書きは全く出来無い。だが其の分、底抜けの素朴さが在った。ーー関羽は、そんな兵士達が堪らなく好きであった。農民兵はウダウダと理屈を捏ねぬ。不平不満は一切謂わず、不服そうな態度すらも見せず、何時でも腰が低く、垢染みて貧しいが、常に温かくて家族思いだった。
関羽は、そんな兵士達が堪らなく好きであった。だから自ずと其の思いが厳つい風貌に反して、関羽の目線や態度の中に滲み出たーーそして当然ながら、民も亦自分を慕って呉れて居る・・・・民との関係は相思相愛・不平を言わぬ民と慕われる領主サマで在ろうか。
「ーーいよいよ始まりましたナ・・・。」
南に漢水を背にした【本陣】から、蜀軍の先陣を切って 出撃してゆく 関平軍団の勇姿を見送りつつ、関羽の主簿・寥化が言った。
「いずれにせよ、儂自身の出陣も近い。後の守りは頼んだぞ。」
「はい。心置き無く、思う存分に為されて下さりませ。」
【偃城】を手に入れた徐晃は、次の攻撃目標が、関羽の本陣からは、より遠い位置に在る
《囲頭である!》と頻りに流布・吹聴していた。然し流石に其の公言を訝しんだ関羽は、何度となく物見を出して真偽を確かめさせた。
すると、口先だけでは無く実際に、囲頭に向って万余の大部隊と輜重の列とが集結しつつある!との報告だった。
《まあ、至当だろう。どちらを選ぶか?となれば、儂からは遠い陣地の方を 先ず潰しに掛かるに違い無い・・・。》
関羽の包囲網は主として樊城の「西側」に、左カッコ型→(、或いは半円形を基本とした防禦体勢を敷いて居た。「南」は漢水だから不要。「東」も2本の山塊が楯と成って陣地は不要だった。そこで関羽は其の(線上に下から上へ(南から北へ)【本陣大本営】・【四冢】・【囲頭】の3主要陣地を置き、互いの連繋を以って包囲網と成し 同時に徐晃軍にも備えて居たのである。
蓋し、其の1つ1つの陣地は既に長期対陣を経て、磐石の上にも万全を期す格好で防備を強化して来て居り1万程度の兵力では突破不可能な程の重層陣地を完成させていた。取り分け、関羽が本陣に選んだ場所は、背後に漢水を控えて居たから、南半分は水軍基地として戦闘艦が常駐。逆茂木などのバリケードは専ら前方180度の半円形で済んだ。然も開戦劈頭からの相次ぐ補強で、本陣は恰も針鼠・或いは剣山の如き密度の濃い防禦陣形を構築。もし敵が1万の吶喊攻撃を
5度繰り返したとしても、その鉄壁はビクともせぬ威容を誇って居た。何しろ戦歴ナンバーワンの大英雄・関羽自身が自らの手で構築した陣地なのだ。たとえ関羽本人と雖も一旦内側から門を閉じられてしまえば、もはや攻め落とす事は出来ぬモンスターと化して居た。また万が一、敵の先鋒が門を突破して乱入したとしても、それこそ正に罠に嵌ったネズミも同然・・・・後の戸をバタンと閉じられ、狭く曲りくねった金網の中を右往左往するだけ。揚句の果ては尽く討ち取られ全滅の憂き目に遭う・・・そんな堅塁に対して、最初から直接攻撃を仕掛けて来るなぞ誰が為し得ようか。徐晃が本陣に襲来する事は200%有り得無い。ーーそこで関羽は安心して、その駐屯軍のほぼ全力を統帥しつつ本陣からの出撃が可能だったのである。
偃の徐晃が【囲頭】へ向うには、東へ直進したあと今度は「北へ」折れる。もし【四冢】が目標なら「南へ」折れなければならない。
然も、互いの距離は100里(40`)以上離れて居る。即ち両者は
”正反対に位置する” のだ。 いや、そう成る様な地点を選んで、関羽は砦を築いて居たのである。だから、徐晃が遠征先で突然反転し、攻撃目標を変えたとしても、其れは決して奇襲攻撃には成り得無いのであった。もはや”見せ掛け”は、2度と通用しないのだ。但し、用兵に於ける”駆け引き”は在り得る。ーーだから尚の事、物見兵からの報告には
重い意味が加わるのであった。
「関平が向った”囲頭”は、陽動策やも知れぬ。じゃが囲頭であるにせよ、四冢であるにせよ、”徐晃本人”が動いた方こそが 敵の真の目標じゃ。」
なればこそ関羽自身は未だ動かず最精鋭の歩騎5千を待機させて在る。ちなみに囲頭にも四冢にも、各々1万近くの守備兵を集結させて在る。それを承知で、慎重居士の徐晃が攻めて来るのだから・・・敵の総兵力は8万〜10万程度と観てよいだろう。但し陽動策を用いた場合は、その全部を注ぎ込む事は能わぬから、実際には 其の4分の3 程度であろう。だとすれば 数字の上では味方は可なりの不利で在った。返す返すも後方基地(江陵及び西方)からの《援軍の未着》が痛恨事である。だが関羽に勝算は充分に在った。何となればーー
関羽は是れ迄の生涯に於いて、己自身が破れた事は唯の1度も無かったからである。曹操に降った時も戦闘の末では無かった。又劉備一行が九死に一生を得た〔長阪坂の逃避行〕に於いても、関羽自身は悠然と水軍を率いて漢津に駆け付け、一行を救い出す役廻りで在った。だから関羽は ”己個人の戦闘” に於いては、敗北を喫した事は唯の1度も無い実績を誇って居たのである。
・・・・慢心では無い絶対の自信・・・・その大関羽が見切り、読み切ったのである。大一番の勝算に関し、是れ以上の根拠・理由が在り得ようか!?其処に付け込む余地なぞ、果して徐晃は持つのだろうか?
さて関羽に見送られ、本陣を後にした関平軍1万余だがーー途中で敵に遭遇する事も無く、北へ向う事100里(40キロ)
目指す「囲頭」の屯営が見えて来た。物見を出す迄も無く、戦況は一目瞭然であった。確かに万余の敵兵が、砦をグルリと包囲する形に着陣して居た。然し未だ、戦闘を行なった形跡は全く見当たら無かった。
「何だ此の陣形は?着いたばかりにせよ、それにしてもヒドイ!」
関平で無くとも 誰が観ても、 ただ 周囲を単に同じ厚さで囲んで居るだけで、是れと謂った重点も観えぬ 何とも拙い布陣で在る。
「敵の罠か?」と一瞬疑って掛かったが、周囲には伏兵を隠す様な地形は皆無。関羽が厳選した地点なのだから当り前の事だ。
「ーー此処に徐晃は来て居無い!!」 関平は確信を持って短く叫んだ。だとすれば・・・・次に発すべき命令は、
「即刻、”四冢”へ転進する!!」である筈だった。が此処でつい、関平の若さが〔勝利の手土産〕・〔幸先の血祭り〕と云う、父を喜ばせたいが為の功名心を擡げさせた。
「この敵の失態を見逃す手は無いナ・・・。ウム、深入りせずば良いだろう。どうじゃ、眼の前の敵を蹴散らした後に転進すると云うのは!?」
やはり関平は父の厳命に躊躇を覚え、周囲に訊いた。
「我々をまんまと陽動した奴等に、バチを当てて遣るのも宜しいでしょう。」
「屯営の内とも連繋すれば、大勝利は確実で御座いまするぞ!」
「多少遅れても、大勝利の武功に優るものなぞ在りましょうや!」
優秀な参謀不在の哀しさ・・・・武闘派揃いの結論は、遠い”仮想”よりも、眼近の”現物”に惹かれた。とは謂え、流石に関平は全員に釘を刺す事を忘れは仕無かった。
「よいか暮れ暮れも申し渡して置く。敵に一泡ふかせたら直ちに兵を引き上げて再集合を為し、その刻限を遵守する事。 たとえ幾ら勝機の最中で在っても、必ず戦闘を中止して帰陣するのだ。よいな!!」
ーーその数刻後・・・・関平は勝利の快感に酔い痴れて居た。
「何だ、この敵の弱さは?之が『敵を蹴散らす』と謂う事なのか!
《それとも俺が強いのか!?》
「敵は全て、見掛け倒しの老兵ばかりで御座いまする。」
徐晃が”宛城”に単身赴任した当初、員数合わせの為に掻き集めたのが、所謂この『弱兵』の正体で在ったのだ。
「それにしても、よくもまあ、惟だけの老人達を集めたものよ!」
最後は関心が戦果では無く、そんな所に行ってしまう程だった。
ーーが思わず手間取った。手ごわかった為では無い。その逆であった。弱兵ばかりで戦意の低い敵は丸で『最初から逃げよ!』と命じられて居るかの如く、蜘蛛の子を散らす様に四方八方へと雲散霧消した。だが其れを追い掛けて気付いた時には味方もバラバラ。再集結して陣容を整えるのに時を費やしてしまったのである。「深追いするな!」と命じて置きながら其処が若気の至り・・関平自身が《敵を蹴散らかす快感》に酔ってしまったのだった。
「いかん、拙かったな是れは・・・。」一番最後に顔を揃える格好と成った関平は、流石にバツの悪そうな顔で一同に謝ったが、誰も皆ニコニコするだけで非難がましい視線は絶無だった。
「ま、お父上は褒めこそすれ、お怒りには為らぬでしょう!」
全員が意気揚々、晴れ晴れとした顔付で在った。
ーーそして更に数刻後・・・・
「なにを小癪な。こんなザマで”待ち伏せ”の心算か。」
「洒落くさい。返り討ちにしてやれ!」
「何、又々出たか?」 「くどい、なお出るか?」
ただ逃げるだけの”伏兵線”が繰り返されること4度。暫く進むや 5度目の伏勢に遭遇。
「いかに老兵ばかりとは謂え、5度も兵力を小出しに分散させるとは・・・・徐晃とやらは噂に違い、如何にも戦さ下手の将で御座いますナア。」
関平、改めて他人に言われてハタと気が付いた。
「そうか。敵の目的は我等の兵力を消耗させる事では無く、最初から時間稼ぎの心算だったのだ!・・・と謂う事は、四冢が危ない!!徐晃本軍は四冢へ廻ったのだ!!」
「お父上は最初から其の事は読み込んで居られました。今頃は四冢から伝令が届き、関羽様は既に本陣を発たれたに違い有りませぬ。」
「うん。父上に手抜かりは無いな。だが我等も、是れ以上は遅れる訳には行くまいぞ。こんな雑魚どもは捨て置いて、全軍に先を急がせよう。」
そう決めた途端だった。前方にパッと火の手が上がった。
「やや?みな気を付けよ!今度の敵は手応えが在りそうじゃ!」
副官が言い終わるか終らぬ転瞬だった。火の手を避けて先行する騎馬部隊から、凄まじい絶叫と喧騒が聞こえて来た。
「何事じゃ!?」 「彼方此方に巧妙な”落とし穴”が穿かれている模様で御座います。」
「チッ、小癪な。ーーでは騎馬部隊は後方に廻し、歩兵部隊を先頭に致せ。速度は落ちるが仕方無い。どうせ暫くの間だけの事じゃ」
と、又しても前方に起こる騒ぎ。 「今度は何じゃ?」
「両側の森の中からの弓矢攻撃で御座いまする。落とし穴を探知しながらの処を 狙い撃ちにされて居りまする!」
「遠廻りに成るが山や谷は迂回し、見通しの良い平地を進め!」
「くそ、徐晃を甘く観たのは誤りだった様だ・・・!」
「御懸念には及びません。四冢は囲頭より更に鉄壁の堅塁。おいそれとは陥ちませぬ。関羽様が駆け着ける迄は充分もち堪えられまする。」
「そうでは無い!徐晃は関羽の命1つだけを狙って居る!のだ。全ては其の為の仕掛けだったのじゃ・・・!!」
「では我々との分離・分散化が真の狙い、と申されまするか!?」
「我等が遅れれば結果的には分散させられた事と成る。急ごう」
関平は、やや悔やむと殊更に全軍を急がせた。ーーだが、
この数刻の遅れが、のちに勝敗の帰趨を決する
大ダメージに成るとは未だ誰も思っては居無い。
「もしも関羽雲長と云う”巨神”に付け入る隙が在るとすれば・・・・それは関羽が破れた経験を持たぬと云う事だけであろう。負けぬから必要も無く、結果としては退く事を知らぬ武人と成って居るに違い無い。 もし万が一、その必要に迫られた場合、少なくとも、躊躇とか逡巡と云う、関羽にとっては未体験の一瞬が生じよう。その僅かな隙を突く為にこそ我は先ず全力を傾注せん!!」
さて 其の 両者激突の場面 であるが・・・・既述の如く 『正史』の戦闘叙述は極く簡潔で少なく、ほぼネタ切れ状態である。だから古来より 「然も有りなん」 と謂う事で、多くの戯作者が飛び付き珍重して来た怪しい記述が在る。その出所は補注の『蜀記』である。因みに此の史料は他の場面の記述も有るのだが、そっちは「間に合ってる」からとて、引き合いに出されぬのが普通の代物。で其の1節には、両人の間で〔単馬会〕が在り、互いに〔単馬語〕を交し合った場面が記されている。然しそう云う状況では全く無かったと観て善い。だがまあこのフィクションに飛び付く作家の気持も解らんでも無い。どの道・・・だから参考迄に載録は
して措こう。
『関羽と徐晃は昔から互いに敬愛し合って居たので遙かに距離を隔てて語り合う事が在った。然し両人共ただ世間話をするだけで軍事の話には触れ無かった。暫くしてから除晃は下馬するや、突然に命令を発した。
「関雲長の首を取った者には、賞金千斤を呉れて遣るぞ!」 と。
関羽は驚き 怖れて 徐晃に言った。
「大兄、之は何の事か!?」 すると徐晃は、こう答えた。
「之はただ国家の事なのだ!」 と。』
関羽は断を下した。「敵は四冢に在り!」
そして5千の精鋭を率いると、本陣を出撃した。
ーー蓋し、『正史・関羽伝』には 唯8文字・・・・
羽不能克。 引軍退還。
羽、克かつ 能あたわず。 軍を引いて 退き 還る。
勝つ能わず・・・なのだから 「攻めた」 のである。関羽は攻撃したのである。そして、だが勝て無かったのである。
『破れ去った』 とか 『敗退した』 とは記さ無かった 陳寿の心境や 如何ばかりで在った ので在ろうか・・・・。
関羽軍の敗因は、様々に考えられよう。 だが是非にも 考慮して置かねばならぬ、彼我の重大なターニング・ポイント(戦局の転換点・契機)だけは、しっかりと把握して措く必要があろう。以下そのシュミレーション・・・・・(場面設定としては、両軍の”激突直前”が最も効果的だったと想われるのだが )
ーーと其処へ、恰も最後の追い撃ちを掛ける如き、
信じられぬ光景が 出現したのである!!
何時の間に集められたのか!?はたまた自ら望んで遣って来たのか!?遙か彼方の故郷に居る筈の爺ッチャマやオッカア達がズラリと何十人・何百人も兵士達の眼の前に立ち現われたのだった!!
正面の小高い丘の上で在った。無論、その主要メンバーは村長や亭長・邑の古老や長老達であった。関羽軍の兵士達にとって
”顔見知り”の確率が高い者達が中心では在った。ーーするや、その廻りに立つ農民達が、風上側から口々に、大声で家族の名を叫び、呼ばわったのである!!
思わず停止した関羽軍。そして息を呑んで見守る将兵の全てが耳を欹てた。・・・・戦場を静寂が推し包む。
「戦争は、もう、終ったぞ〜!」 「荊州は負けたんじゃ〜!」
「江陵の御城は降伏したんじゃ〜!」
ーーざわつく関羽軍将兵・・・。
「江陵だけじゃ無えぞ〜。公安も、宣都も、新城も、南と西の郡は全〜部、もう呉の国に従って居るだぞ〜!」
「いま戦って居るのは、此処だけなんだぞ〜!」
「嘘じゃ無え〜!俺等が此処へ来てるのが何よりの証拠だ〜!
「よ〜く考えて見れ〜!何で女の身でも此処まで来れたか〜!」
「船旅の途中に何〜の邪魔も入ら無かったから、こんな年寄りや女達でも楽々やって来れたんじゃぞ〜!」
すると今度は邑の古老や村長達が進み出た。
「俺等は第1陣じゃ〜。未だ未だ此れから皆〜な大勢で御前達を連れ戻しに遣って来る手筈に成ってるだ〜!」
「強制されたり脅かされたから来たんじゃ無えぞ〜!大事な家族が無駄に死ぬのを止めさせたくて、願い出て来たんじゃ〜!」
「古里じゃあ誰1人傷付く事も無く、皆〜んな無事だぞ〜!」
「だから御前等も兵隊なんか辞めて早くコッチさ戻って来〜い!」
「戦争なんかウッチャラかして、逃げ戻って来〜い!」
「太郎〜、次郎〜、聞こえたら母ちゃんのトコへ直ぐに帰って来てけれ〜。三郎も花子も皆〜な御前が無事に帰って来て呉れるのを待ってるだぞ〜!!」
眼には見えぬが 明らかに大きな動揺が 関羽軍を蔽い尽くした。
「騙されるなよ。之は敵の常套手段じゃ。」
「あの中に1人でも、顔見知りが居る者は在るか!?」
副官達が説得するが、皆、半信半疑で心を決め兼ね、上の空に動揺したーーだが、幸か不幸か・・・この時、名乗りを上げる者は1人も居無かった。するや関羽が毅然として言った。
「もし此の事が本当だと思う者が在るなら、咎めはせぬ。今すぐに我が元を離脱して去るが良い。」 「さあ、遠慮すな。許すぞ。」
ーー全軍に緊迫が走った。だが余りにも唐突で破天荒な出来事だった。俄には信じ難い場面に直面させられた兵士達は、互いに眼で《お前は何うする?》と問い掛けるだけで、誰1人とて声を挙げる者は無かった。 ・・・・数瞬間は ザワついた全軍だったが、
やがて再び静寂が訪れた。 「誰も、其れを、信じ無いのだな。」
関羽はグルリと身を捩って周囲を確認して見せた。
「では以後、この事を蒸し返す者が在れば、軍律に照らし、
裏切者として斬り棄てるが、それで善いのじゃな!?」
「おおう〜!!」己の迷いを振り払う様に、将兵達は一斉に鬨の声を揚げて見せた。ーーだが、決戦の出鼻を挫かれ、決死の意気込みに水を差された格好の関羽軍・・・・ひとたび毒気を抜かれ、水を差された格好の将兵からは、必殺の気合が萎え衰え士気の揚がらぬ事は、蔽い様の無い事実と成って居た。
そして終に、関羽が徐晃から引導を渡される、大会戦の場面・・・・『正史・徐晃伝』が全てである。曹操の褒め言葉(布告)と合わせて読めば、終局間際の凄絶な場面も可也リアルに浮かび上がって来る。総崩れと成った関羽軍と、それを容赦なく追撃する徐晃軍の姿とである。
『徐晃は 囲頭の屯営を攻撃すべし!と宣伝して措きながら、
密かに 四冢しちょうを攻撃した。
関羽は四冢が破壊され様としているのを見て、自身歩兵・騎兵5千を引き連れ、出て戦った。
徐晃が其れを攻撃すると、退却した。そのまま
深く追撃し、彼等と共に包囲陣の中にまで入り、之を撃ち破った。 (敵の中には)自らベン水(漢水)に身を投じて死ぬ者も在った。
太祖の布告に謂う。
『賊関羽が包囲する塹壕・逆茂木は十重も在った。にも関わらず将軍徐晃は戦闘を仕掛け全て勝利しかくて賊の包囲陣を陥れ多数の首を斬った。
わしが兵を用いた30余年の経験でも、また聞き知っている古代の兵法家にも長駆して敵の包囲陣にまっしぐらに突入した者は存在し無い。』
〜〜以下、今は略す〜〜
《ーーもはや退くか?いま退くべきか・・・!?》
屯営攻撃とは別に、関羽本人だけを狙う為に温存されて居た徐晃の最精鋭部隊。遂に其れが投入された為、それまで寧ろ押し気味だった関羽軍の攻勢は、その時点で眼一杯に成った。そして関羽は、其れが戦局の転換点で在る事を肌で感じ取って居た。
だが《この俺が、か!》と云う思いが一瞬、その判断を遅らせた。程無く駆け付けて来るであろう〔関平の到着〕を待つ心理が働いたのである。 ーー結局、その判断の遅れが、2度と取り返しの
着かぬ”命取り”と成った。それまで何とか持ち堪えて居た堤防がドッと崩壊する如く戦局は雪崩を打って敵側に傾いたのである。
「勝てなかったが、負けはせぬ。体勢を整えれば又やれる!!」
生まれて初めて退却を命じて敗走する関羽だったが、この時点に於ける関羽の言葉は未だ決して”負け惜しみ”では無かった。だが其の可能性を奪い去ったのは、徐晃の乾坤一擲であった。
「ーー何ィ!?危険を顧みず、態々殺されに来るか??」
それは断じて在り得ぬ事であった。最強の武人たる関羽にとっても想定外の徐晃の行動であった!・・・・もし背後で門を閉じられたら 正しく袋の鼠。一巻の終わりである。 また 仮に
門を閉じられなくても、狭い通路の背後を敵兵に埋め尽され 遮断されれば、助かる見込みは
ほぼゼロと成る!!奥に進めば進む程、その全滅の確率だけが急上昇してゆく。飛び込んで来た獲物を龍の顎が待ち受けて居る・・・・その為の螺旋構造なのだ。
その理屈も現実も、一切合切を度返した徐晃の人間力!!即ちいざの時にこそ発揮される獰猛な野性と冷静な決断力の結実!そして腹の据わった”本物”の肝っ玉の太さ・・・・人間、若くて独り身の時は兎も角、やがて齢を重ね、得たものや身に着けたもの・守りたいものが 増えれば増える程、その無鉄砲さからは 疎遠と成り、臆病とも成らねばならぬ。慎重 と 謂っても良かろう。 だが其の臆病を識る『畏慎の者』こそが本物と謂える。臆病だからこそ必死に成り得る。全力を発揮せずには置かないのである。単なる無茶ではなく、徹底的に考えた末に爆発させるのだから有効と成り得るのだ。ーー無理からぬ所以だが、常勝将軍の関羽には其の点が無用だった。それ故に却って、臆病者と謂われる別分野での真髄には、とうとう最後まで気付け無かった。人は誰しも全知万能では無い・・・・この一見、分かり切った 常識の如くに
思われる事柄が、実は関羽をしてさえ猶お、達観出来ずに居さしめた、のである。為に関羽は破れ去った。
最後の最後まで、徐晃の追撃戦は 留まる所を知ら無かった。
敵が 《やっと逃げ伸びた!》 とホッとする暇をも与えず、一挙に、関羽本陣の内側にまで及んだのである!!その常識破りの展開に、追い詰められた関羽軍は、碇泊中の水軍に乗り移って、対岸に逃げ渡るのが精一杯と成った。だがそれも安全に渡れたのは最初の方だけで、後は阿鼻叫喚・・・・逃げ惑う場所とて失った兵士達の多くが、漢水(ベン水)に溺れ、その命を失った。
ーーかくて関羽は 破れ去った。
さなきだに、この大敗北の理由は明々白々である。
兵力不足、即ち、〔増援軍の未着問題〕だった!
「今さら悔いても詮無き事だが・・・・『何も出来ぬ小人も、人の足を引っ張る事だけは出来る。だから人を見下してはならぬ』と語った御主君の言葉がいま思い出されて胸に沁みるわい・・・・。」
歎 羽 行
横内 凛童
天の声とも 知らずに 生まれ
悠久無辺の 大地に 育ち
人の真まことを 求めて 生きる
時は 乱れし 憂国の御世みよ
人の心は 荒すさぶる 風か
彷徨人さすらいびとの 邂逅かいごうは
生涯の友 我が 義兄弟
ひとたび契った 男の絆きずな
生きるも死ぬも 天命まかせ
人智及ばぬ 道程みちのりなれど
志こころざしこそ 常にぞ 高く
共に進むは 天地の狭間
離散 放浪 試練の時も
信じて已やまぬ 我が 義兄弟
若き軍師の 得ざるる ならば
明日をも知らず 朽ちてし ものを
一旋いっせん 蘇生の 羽毛扇 ぐんおうぎ
美事みごと 微笑ほほえむ 龍の背に
乗りて目指すは 義侠の流転るてん
劇賊げきぞく 姦雄 睥睨へいげいし
苦境 求道ぐどうの 我が 義兄弟
一点の曇り無き 至誠の瞳
仰ぐ山塊 大河の流れ
この身 離れて 遙かとて
結ぶ誓いの 男気こそは
忘れ難くぞ 歯に沁しみん
抱く 壮心 愛めでるは 酒か
戴いただく 冕かんむり 我が 義兄弟
見よや 疾風怒濤の如く
雄渾ゆうこんの旗 赫赫あかあかと
熱き血潮の 湧き立つ処
回天の意気 此処に有り
限り有るらん 命なら
進めや赤兎 諸共もろともに
その名 轟く 我が義兄弟
神か 魔か 人か 英雄か
裸で生まれて 鎧よろいを着けて
死なば伝説 あな 面白し
その名を刻む 墓石はかいし無くも
空の太陽 星屑ほしくず 月夜
せめて伝えよ 生き死にの様
これぞ三国 我が 義兄弟
なんで 弱きに 微笑ほほえむや
何故に 辛苦の道 採るや
敢えて求める 武人もののふが
華の顔かんばせ鬼が身に
名をこそ惜しむ 人の世で
同年 同月 同日に
花の散るらん 我が義兄弟
果して此の後に続くべき関羽最期の1詩賦を如何にせん哉!?
筆者 未まだ創れずに居る。 然れども 本編が書き進められれば自ずから、その吟遊の声は湧き出でて来よう・・・と思う耳。
決戦に破れた今、何を思うか関羽?
何を求め、何処へ向うのか、関羽雲長よ!!
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