【第234節】
関羽雲長、最大の輝き
                                   于禁軍 5万、全面降伏
 「シーン1スタート!」・・・・

先ず 手元カメラが 画面 3分の2 の高さで、黒い地平線を横一杯に
捉える。その背後の上空には稲光が蟠って時折に雲間を走る。
やがて其の地平と暗雲との接線全体が幽かに上下動を始める。
カメラがズームして その揺れの原因に迫る。すると地平の横一杯に大騎馬軍団のギャロップ映像が現れて来る。更にズームを深め 軍団中央・最前列の司令官を捉えその兜飾を映し出す。その庇には叩き付る雨の雫が流れ落ち、瞬き1つせぬ 55歳の将軍の鋭い眼光を捉える。上空カメラがその大騎馬軍団の全体像を徐々に明らかにしてゆく。再度ズームアウトされた画面には 次々に溢れ出す信じ難い数の騎兵の波・波・波・・・その陸続たる2万騎の大奔流は、画面全体を圧倒しつついつ果てるとも無く地上を蔽い尽して畝る。
ヘリカメラは一気に騎馬軍団の最後尾迄舐め上げる。
と今度は更なる歩兵の大軍団が地上を埋め尽くす・・・・
                                 ーー「シーン1、 カット!!」ーー

騎兵1万5千!歩兵2万!・・・・恐るべき大騎馬軍団である!!その総合的な軍事力は、明らかに関羽軍を圧倒・凌駕する兵団と謂える。騎兵だけを観ても、関羽軍に倍する物凄さであるもし平原の中央で会戦し両軍が激突する事となれば如何に関羽とは雖も、勝利は覚つかない・・・と観るのが軍事専門家の結論である。況してや 樊城からの兵力が加わるとなれば 其の
確度は更に高まる事と成る
然も それを率る総司令官が亦魏の5星将の1人である猛将・于禁であったのだーー即ち、
曹操】は、その最初から〔関羽の北上〕を強く警戒し、その対策として精強騎馬軍団を”温存して在った”のだ!!然もなくば 是れ程の短期間の裡に、こんな巨大兵力を派出させる事は出来無い。流石は曹操である。

だが其の大軍団が一体”どこ”から遣って来たのか?・・・その点は史書に記述無く、不明の儘である。発進基地として考えられるのは4ヶ所。「長安」・「業卩」・「許都」・「その他」である。だが前者3地点とは考えずらい。こんな大規模な派遣にも関わらず「送り出した」との記述が見られ無い故である。
秋7月、于禁を派遣し曹仁を助けて関羽を攻撃させた→(武帝紀)
太祖は長安に居り、曹仁に命じて樊に居る関羽を討伐させ、又于禁に曹仁を助けさせた。→(于禁伝)・・・としか無く、于禁の軍団が何処に温存されて居たのかを特定する事は出来無い。いずれにせよ俄然、戦況は緊張の度合を強め、その勝敗の行方は大きく魏軍有利に傾こうとしている事だけは確実と成ったのである。
関羽が進攻して来た半月後、7月も下旬の事である。
処で その
于禁だが本書の読者諸氏には馴染が薄いやも知れぬ。魏の5星将とは雖も、此処での急な登場は唐突な感を持たれるであろう。他の4星将、「張遼・楽進・張合卩・徐晃」に比べれば全く登場の機会が少ない。その責任は偏に筆者に有るのだが、多少の原因は陳寿の記述にも有る。何故なら『于禁伝』の記述はこの数年前迄で プツンと途切れており、再び記述が始まるのが
此の219年の増援軍司令官の場面なのである。

        ( だから、描くに描け無い・・・と云うのが実情であり、どうか御容赦を願いたい次第 )

されど于禁が如何に勇猛な部将で在り、曹操からの信任が厚い部将で在ったかは、その前半の記述が余す所無く伝えている。

于禁は張遼・楽進・張合卩・徐晃と共に名将で在った。太祖が征伐する毎代わる代わる起用され、進撃の時は全軍の先鋒と成り帰還の時は殿と成った。然も于禁の軍を保持する態度は厳格を極め賊の財物を手に入れても個人の懐に入れる事は無かった。そのため賞賜は特に厚かった。
・・・との”まとめ”の記述が在る。但し、その人格については、
然しながら法律に拠って下を統御したので、余り兵士や民衆の心を掴め無かった。』 とも併記されている。即ち奉公第一主義の君主にとっては最高の部将で在った訳である。なぜ曹操が敢えて彼を温存し〔vs関羽〕に起用したのか?その事を識る為にも、ザッと彼の武功・戦歴を観て措こう。それを観れば、彼が抜擢された理由も頷ける筈である。

于禁ーー字は
文則。泰山郡の人。現在は左将軍
デビューは黄巾の乱で
「鮑信」の下に参陣したと在るから、現在の年齢は
55歳前後である。 この「鮑信」こそは、曹操の異才を最初に認めた人物。
「希代の才に恵まれ、よく 乱世を収められる者、それは君だ!」 として物心両面を支援して呉れたが、戦陣に消えた。その縁から 于禁は、曹操麾下の「王朗」に所属した。王朗は于禁を高く評価「彼の才能は大将軍を任せられるもの!」と曹操に推薦。兌州を領有したばかりの曹操は、于禁を引見するや直ちに〔
軍司馬〕に任命。折しも此の時期は、曹操が漸く群雄の末席に顔を出し始め周囲には列強が犇めき合うサバイバルの激戦期であった。曹操にとって最も過酷で苦しい時期で在ったが、同時に其れは配下の有能な部将達が活躍し放題の舞台を与えられ、曹操が急激に台頭してゆく時代状況でも在った。于禁が後に「5星将」として信任されてゆく活躍の日々が始まった・・・!!

★徐州(陶謙)遠征で広威を攻め陥落させ〔陥陣都尉〕に任じられる
★濮陽での【呂布】との決戦では別働軍として2つの敵陣を撃破
★続いて須昌・寿亭・定陶・離孤でも全てを撃破。
★雍丘での【張超】包囲戦でも敵陣を陥落させる。
★青州黄巾軍との死闘でも大活躍し、〔
平虜校尉〕に昇進。
★宛で【賈ク】の策略に破れた【張繍】戦では曹操の脱出を確保
 〔
益寿亭侯〕を賜る(※この時のエピソードとして、味方・青州兵の狼藉の記述は貴重)
★穣で【張繍】との雪辱戦に勝利する。
★下丕卩で【呂布】を捕らえる。

★【袁紹】への先制攻撃隊として曹仁と共に「射犬」を攻略。
★官渡決戦を前に志願して「延津」守備を担当。攻撃に耐える。
★同時期、延津から西に出撃し、黄河沿いの袁紹陣営を悉く
  降伏させる。その功により〔
裨将軍〕に昇進。
★官渡決戦では城外の土山守備を担当。袁紹軍の攻勢を跳ね
  返す。袁紹が大敗すると〔
偏将軍〕に昇進。

★東海( 山東半島)遠征の先鋒となり、旧知の昌豕希を斬り捨てる。
  その厳格さを以って〔
虎威将軍〕に任命される。
★氏
てい族を率いて反乱した梅成を征討、降伏させる。

★『于禁は威厳が在って憚られて居た』故を以って、曹操は帰順の態度が定かならぬ朱霊の軍営に50騎だけで乗り込ませたが、有無を言わせず接収して見せる。
于禁が一目置かれて居る様は此の様であった。』そこで曹操は左将軍に昇進させ節鉞せつえつ(独断で配下部将を処断できる権限)を与え、1子を列侯に取り立てた。

ーー以上が、219年以前の于禁の赫々たる戦歴・武勲である。
こうして観ると
曹操本軍先鋒としての活躍も然る事ながら多くの場合は曹操本軍からは独立した〔別働軍〕として東奔西走・八面六臂の活躍が目立つ。即ち曹操からの信頼が常に厚った事を示す証左である。また彼の敵に対する処置の態度は常に厳格を極め、情に流される事は一切無く、全ては軍法に則る厳しいものであった。曹操と出会ってから30年来譜代部将・・・今や全軍から畏怖される剛将ーそれが此の于禁であったのだ。


「シーンスタート!」・・・・カメラが再び廻る。
被写体は、乾いた土に落ちている1枚の病葉わくらば。其れを兵士の足が踏み付ける。更に4、5人の兵士の足が通り過ぎてゆく。ーーとその直後、その病葉が少しづつ動き出す。チョロチョロと一筋の濁り水が、乾いた土の上を流れて来て、その木の葉を押し流してゆく。やがて 其の洪跡は見る見る裡に八方へと広がってその速さも増してゆく。カメラが少し引かれるとそれは幾筋かの1つに過ぎず、壁際の至る所からの侵入である事が明瞭となる。気付いた兵士の叫び声が挙がる。カメラは 更に上から 状況全体を捉える。
するとーー其処が城の中の1部である事が知れる。途端に騒然たる空気が溢れ、城兵達の右往左往する姿が捉えられる。次いで 上空カメラが城の周囲全体を俯瞰する高度から樊城の置かれた状況全体を映し出す。

何たる事か!!・・・・漢水は最早”河”では無く、巨大な”湖”へと姿を変え「樊城」の周囲一面
からは 地面が完全消滅して居るではないか!


だが未だ氾濫の程度は浅い。その証拠に城の脇に茂る木々の根元が見えている。20〜30cm程度の氾濫だった。但し樊城の立地は周囲より一段低い場所に在った為、見た目には完全なる
”水城”状態と成っている。
カメラはズームしてその屋上に佇む守将達を捉える浸水の事態を告げに来る配下。
「慌てる事は無い。兵糧や兵器が濡れぬ様、直ぐに2階へ運びあげよ!」落ち着いた様子で指示を与える副将→【
牛金との字幕が付く

「それにしても、よく降り続きますなあ〜・・・」→【
广龍悳の字幕。

「この儘だと城の1階部分が水浸しに成る可能性が有りますな」
やや心配顔の部将には→广龍悳の属将・【
董衡の字幕。

「まあ、初めての事では無い。多少の増水は有ろうが、城全体が完全に水没する様な事は在り得ぬ。慌てず騒がず、暫くは様子を観る事じゃ。」
参謀格の風格を持つ部将には→【
満寵の字幕。

「程無く于禁軍が遣って来よう。出水とは関係無く、いずれにせよ城との連絡ルートは確保して措かねばならぬ。」
その首脳部の中心に立つ総司令官曹仁が静かに口を開いた。そして命じた。 「・・・・广龍悳よ!」 「ハッ!」

「騎兵5千を率い
あそこに陣を構え、 城内と于禁軍との連繋を
確保せよ!」  カメラは、曹仁が指し示す 樊城の北側10里 (4キロ)地点に迫る。そして其処が小高い丘陵と成っている事を捉えた後、一旦 フェードアウトする。再び
フェードインしたカメラは、水上を疾駆するかの如き广龍悳部隊の脚元を映し出す。
カメラが引かれると、その騎馬軍団5千は、丸で
湖の上を駆けて行く天馬の如くである事が判る。カメラはパンして、その丘陵に勢揃いした諸将の姿、司令官の【广龍悳】・督将の【成何】・将軍【董衡】等を捉え、彼等が見詰める視線の彼方・・・・水城状態の「樊」に向う。

その樊の城壁上ーー【曹仁】の眼は思わず天を仰ぐ尚も降り頻る雨・・・豪雨と云う程の雨脚では無いが、もう彼是1ヶ月の長期間に渡って降り続いている。低く垂れ込めた黒雲の合間からは雷鳴が轟き、放電寸前の稲妻の閃光が点滅する。と突如の雷撃が、背後の山塊に突き刺さる。樊城の南東50`には小山脈が在る。その1部に落ちたのだカメラは其の落雷集中地点の山肌に迫るするや景色は一変。凄じい集中豪雨と、それによって荒れ狂う
濁流が、遙か彼方の樊城めがけて押し寄せて行く。
                    ・・・・「シーン2、カット!!」・・・・
ーー蜀の軍議。主だった部将は全て出先から帰還し、久し振りの全軍会同であった。都督の【
張累】が諸将の口火を切って発言する。
「此処まで我が軍の作戦は、全て順調に進んで参った。然し今、情報では于禁軍3万余が、間も無く樊に到着するとの事である。想定された事態ではあるが、改めて我が軍の作戦を確定する為に集まって貰った。」

「敵3万余の構成は判っておるのですか?」

「主力は騎兵が1万5千。歩兵が2万の正規軍との事じゃ。」

それを聞いた諸将は思わず顔を見合わせ席が幾分ざわめいた。いよいよ決戦の時が来た事を再認識し合ったのである。騎兵は圧倒的に不利だ。

「だと致さば今の様な広く薄い布陣では易々と突破されましょう。全軍が1つに纏まる必要が有りますな。」

主簿の【廖化】が、包囲陣の一時引き上げを確認した。

「だとして我等は何の地点で迎撃を致すので御座いまするか?」

1番重要なポイントについて【関平】が父の顔を見ながら訊ねた。すると、総督たる関羽は言った。

「敵に比べた場合、我等が圧倒的に有利な点は何であるか?」

「それは水軍の有無、大艦隊の独占で御座いますな。」

議曹従事の【
王甫】が答えて見せる。水軍は関羽艦隊の独壇場であった。曹仁側には軽船しか無く、況してや于禁軍には1艘の小船すら無い。だが、問題は・・・・その圧倒的な大差を、実戦で活かせるか何うか!?である。
合肥の戦い〕が、その好例である。守備する魏軍に艦船は皆無であり、攻める呉軍は大艦隊で迫る。だが、大艦隊を擁する呉は常に大敗北を喫し続けた。ーー即ち常識的には、陸上決戦に於ける水軍の役割は兵の運搬が主目的で在り、戦力としては精々側面支援でしか在り得ないのだ。如何に水軍で圧倒的な有利を保持して居たとしても、それは決して勝利を保証して呉れるものでは無いのである。

「では関平よ、お前なら其の絶対有利な条件を如何に用いる?」

「私なら・・・1部を艦隊に待機させ、敵の虚を突いて、その背後に廻り込み挟み撃ちに用います。」

「敵が漢水から離れた遠い位置に布陣したら何うするのじゃ??虚を突く事は出来ぬぞ。」

答えに詰る関平。他の部将達も答えられ無かった。すると関羽は言った。

「于禁軍の南下は阻まず、このまま樊の地に誘い込む。我が軍は全軍を艦隊に収容し、”天の時”を待つ・・・!!」

「何う謂う事で御座いましょうや?」 未だ具体策が観えぬ諸将。

すると関羽はすっくと立ち上がり、確信を持って言い放った。

「天の時は我に有り!!
赤壁は
戦いであったが、この樊城戦い! と成るのだ!」

確かに辺り一面は”水の世界”と成り始めていた。だが其の景色が何故に、具体的な作戦と直結するのか??それが直ちに勝利に結び付くとは思え無い・・・・皆は、関羽の謂わんとする意味が、未だ解せ無かった。

即ち、敵を水没させる!互いが陸地に孤立した所を、水軍で包囲して撃滅するのだ!」

余りにも断定的に言う関羽の言葉に、諸将は一瞬口を噤んだ。

「敵は果して水没するで在りましょうか!?」 

そこが問題であった。関平が些か不審気に父の顔を窺った。

「懸念には及ばぬ。かつて此の樊の地は、我が居城であったのだ。見よ、この天と地の様を!!地は既に水に覆われつつ在り、然も 天には 未まだ雷鳴が止まぬのだ。是れこそは”天の声”であり、大洪水の前兆れである。案ずる前に、よっく此の樊の周囲を観察してみよ。水は必ずや低きに流れ込むものぞ。我が眼に狂いは無い!!」

言われた全員は改めて幕舎の外に出て視線を樊の城に転じた。

「確かに、深い窪地 と成って居りまするな。こうして 水に浸かって見ると、改めて陸地の高低がクッキリと判るもので御座いますなあ〜!!」

半日前の状態からも更に一段と雨脚は激しく成っている。

「此の、我が本陣の場所も危のう御座いますな。」

「そこよ!」 関羽が得たりとばかりに声を強めた。

「我等はギリギリまで此処に留まり、于禁を此の低地に呼び込むのじゃ。遠方から来る于禁には咄嗟の判断は着かぬ。我等を追い出したと思い、この要地に留まるであろう。」

「ーー上手い具合に漢水が氾濫して呉れましょうか!?」

ズバリ、正に其の点こそが今後の行方を左右する因子である。

「この豪雨が、あと10日も続けば、必ずや樊の地は水没する!儂には、その光景が、既に眼に浮かんで居る。」

その関羽の予告を裏付けるかの如く、天空は昼だと云うのに黒雲に蔽い尽くされ、遙か遠方に在った〔雷
いかずちの巣〕が接近して来るのが判る・・・・


 「シーンスタート!!」・・・・
カメラは 次々に到着する于禁の大軍団を捉える。だが 集結した軍馬の蹄は完全に水に隠れている。

「此処が昨日まで関羽が本陣を置いて居た跡で御座いまする」

「ウム、流石に関羽じゃ。此の場所を抑えて居れば、城側は何も出来ん。」

「と云う事は”陣取り”では先ず、我等が優位を占めた!と申して宜しいので御座いますな。」

「フム関羽め、我等の威容を恐れ、取り合えずは退避するしか
無かったと観える。・・・・して、今は何処に移ったのじゃ?」

「一旦、全軍を艦隊に収容し、我等の様子を窺って居りまする。」

「如何な関羽と雖も、直接に我等と激突するを不利と観たか?」

会話の最中にも土砂降りの雨脚が激しく兜に叩き付ける。

「此処には設営できんな。全軍を、あの高台に移動させよ!」

一旦集結した軍団が続々と丘陵を登って行く。

「樊の城と連絡を取らねばならぬ。直ちに伝令を出し、我等が
着陣した事を知らせよ。また折り返しには、城側の伝令をも同道して参れ。」

2騎の早馬が篠つく雨の中を疾駆してゆく。やがて遠方に樊の城が小さく見えて来る。と其の時、乗馬の2頭ともが 揃って竿立ち、危うく伝令は振り落とされそうになる。辛うじて宥めるが、愛馬が何に驚いたのかは解らぬ。

「両方ともが脅えているぞ!」
手綱を嫌がってグルグル空脚を踏み続ける軍馬。

「おい、是れは何か有るぞ!」 「一体、何が有ると謂うのだ!?」

一向に言う事を聞かぬ愛馬の異常に戸惑う伝令騎兵。
・・・ゴゴゴ・・・
ゴゴゴ・・・ゴゴ〜〜・・・・不気味な地鳴りがする。「ーー地震か!?」 「いや、地震では無い。」

バタバタバタッと梢から一斉に野鳥が飛び立つ。

「お、おい!あ、あれ、あれを見ろ!」 馬上で氷り付く伝令。

カメラは指差された山側にパン。左手の山並・・・何の変哲も無い・・・と、
遙かな森全体がスローモションの如くに3倍、5倍、10倍へと膨れ上がり、背後の稜線を超えて天空に踊り立つ。巨大な水球の出現!!転瞬、その凄まじい位置エネルギーが炸裂して本性が牙を剥く。聳え立つ如くに押し寄せる大濁流・・・・絶叫と共に消し飛ぶ2騎兵・・・・イグアスの大瀑布・悪魔の咽笛・・・・上空のヘリカメラは、その大奔流が樊の地一帯を悉く 飲み込んで行く凄まじい光景を伝える。その映像に被せ更に別地点カメラは各箇所での決壊・大氾濫の発生を追う。ーーそして最後に、見る見る裡に水没してゆく樊城の全体像を映し出す。城内は完全に水没。辛うじて、屋敷の梁から上だけが 水面に顔を覗かせている状態。
城門のアーチの下に僅か数メートルのトンネルだけが残る。
カメラは城内から其のアーチを潜り抜け、水面すれすれのアングルの儘で城外に在る、于禁 と
广龍悳 の陣営にパンする。
画面の下5分の2まで濁った水面・・・・やがて5分の3の位置に
陸地の端が見えて来る。と其処には夥しい数の軍馬の脚が現われて来る。為す術も無く 佇む諸将と、司令官・于禁のアップ。
茫然たる視線の先には見渡す限りの大濁流が逆巻くのみ。
ヘリカメラが飛び立ち、孤立した【
曹仁の樊城】と于禁軍】・
广龍悳軍】の3陣営そして【関羽の大艦隊】を上空から捉える。
                                 ーー「シーン、カット!!」ーー 「ーー信じられぬ!!・・・こんな事が現実に起こるとは・・・!!」

1夜明けた関羽水軍。その旗艦上、諸将が驚愕の面持ちで、一変した世界の変貌ぶりに畏怖して居た。

「全くじゃ!今こうして己の眼で見ている此の光景が、とても此の世のものとは思えぬ・・・!!」

「我が国の歴史上、かつて此んな戦場の景色は無かった。いや今後何千年に渡っても、此んな凄まじい光景は2度と再び現われぬであろう・・・!!」

ーー
だが是れは 紛れも無い”事実”で在った!!
戦場に予定されていた 「樊の大地」は、全て大
濁流に飲み込まれ、此の地上から 消え失せて
しまったのだ。
代りに今、眼の前に広がるのは・・・・一面の大水原・・・・

「関羽どのは此の光景を事前に予告されて居られた。そして全ての行動を此の情勢に合わせて運ばれて来られた。是れは最早、人間業では無い。我ら凡人には到達できぬ、”軍神”なればこその為せる業であろう!!」

余りにも変容した周囲の景色を眼の前にして、流石の猛者達も驚愕を禁じ得無い。

「おお我等が軍神の御登場じゃ!」一同の前に関羽が姿を現した

「お早う御座いまする。」 諸将は直立不動の最敬礼。とキャビンから出て来た関羽・・・・ファ〜〜と顎の外れる程の大欠伸を1発。

「ああ〜、よく眠たわい。お蔭で今朝も気分は爽快じゃ!」

「御覧くだされ、総督様の仰られた通りに成りましたぞ!」

「ウ〜ム、実に好い景色では無いか。思い通りの展開じゃ。」

「この様子では、敵陣営は全て水没して居りましょう!」

「左様、たとえ高台に逃れたとしても、ただ其れだけの事。離れ
小島に取り残された流人も同然。為す術は御座いますまい。」

「直ちに始末を着けに参りましょうぞ!」

この現出した絶好に機会を前にして諸将は勇み立って居た。

「慌てる事は無い。先ずはジックリと敵の様子を観て廻ろうぞ。
さぞかし愉快な遊覧船巡りと成るであろうぞ。」

用意は周到である。然も掛かった獲物はデカイ。曹操が送り込んで来た虎の子の精鋭軍団5万なので在る。最後の詰めを誤ってその大魚を逃す様な事が在ってはならぬ。孤立し、文字通り
”水際に追い詰められた”敵は却って最後に思わぬ抵抗を見せるやも知れぬのだ。関羽は一先ず旗艦以下10数艘の大型戦闘艦を率いると 【于禁軍】の所在と様子を確認する為の偵察に出た。降り頻る雨脚の強さは相変らずの儘である。水面は激しく渦巻き小型の軽船では航行も覚束ない程の大濁流・・・その
海原と化した樊の空間を唯独り自在に往来し得るのは最早、関羽の艦隊以外には存在し無かったーーやがて左手前方にポツ然と浮島が見えて来た。つい2、3日前迄は小高い丘陵の頂上部分で在った台地。周囲には何の遮蔽物も無く剥き出し状態に晒されて孤立している。その狭い空間にビッシリと、丸で鈴生り状態の于禁軍
5万の人馬・・・・唯ひたすら水没を免れる為だけの無防備な姿で在る事は、遠目すらからも直ぐに判る状況に在った。

「最早 勝負は決しましたな。」と主簿の【
廖化】が感想を漏らした。

「いや、名にし負う于禁ほどの将軍じゃ。意地でも1戦に及んで
来るに違い無い。とてもスンナリ降るとは思えぬ。」 とは都督・【
趙累】の見解。

「父上、如何が為さいますか!?」 

関平】は訊ねつつも、父・関羽の気持はハッキリ解って居た。

「于禁に戦う意志あらば応じよう。戦う意志なくば受け入れよう。」

矢張り、それが武人・関羽の態度で在った。状況は明らかに于禁軍の絶対不利である。既に敵は2
3日は絶食状態に在る。あと23日も経てば更に彼我の体力には歴然たる差がつく。しかも
陸上には、戦闘するだけの空間すら無いのだから、抵抗すると
すれば ”弓矢の応酬”だけが、唯一残された戦術となる。だが丸見え状態で逃れる寸土すら持たぬ于禁軍は一方的に射殺されるだけと成り果てよう・・・それは堂々たる戦では無く、弱りきった相手への殺戮を意味する。
《強きは挫くも、弱きは祐く!》 それが関羽雲長の戦いなのだ。

「これから我等は、あの浮島に接近するが、相手が弓矢を射掛けて来ても決して応戦してはならぬ。ただ黙って通り過ぎよ。そして最後に1度だけ、水面めがけて一斉射撃をしたら・・・今日の所は引き上げるのだ。」

対する
于禁軍本陣・・・・接近して来る関羽の艦隊を眼の前にして騒然となっていた。

「この様な状況での戦闘は、もはや戦う以前に勝負は決して居りますぞ。兵を無駄に死なせてはなりませぬ。」

「だが我等は精強を謳われる于禁の騎馬軍団ですぞ!一戦にも及ばずして敵に屈する訳には参らぬ。」

「それは普通通常の場合での事じゃ。こんな破天荒な状況では
一体どんな策が有ると謂うのだ!?もし此のまま水が引かねば、戦わずとて兵は飢え衰えるばかりと成るのだ。」

誰1人とも〔降伏〕の2文字こそ口には出さぬが、大方の雰囲気は《戦闘不能!》との判断であった。問題は、この大氾濫が何日後に収まるか?・・・・その見通しに懸かっていた。

「あと3日が兵の体力の限界でしょう。5日経てば兵は兵では無く成ります
もし10日の間に補給が無ければ、たとえ軍馬を喰い尽くしても飢餓が発生する事態を迎えましょうぞ。」

「10日で此の大洪水が完全に終息し、我等は独力で無事に地上を脱出できるであろうか!?その時、関羽が黙って見逃すとでも謂うのか!?」

それ迄ジッと諸将の議論を聴いて居た于禁が徐に口を開いた。

「今は兎に角、我等に出来得る最善を尽して臨むしか在るまい・・
 迎撃するのじゃ!!議論はその後でも出来る。」

「ハッ!」 諸将は弾かれた様に各部署に散った。

滝の如き豪雨の中を、関羽の艦隊が刻々と迫って来る。于禁軍
3万の将兵は弓に矢を番え、固唾を飲みつつ号令を待つ。そして遂に先頭の艦が射程距離に侵入して来た。

「放て〜!!」 命令1下・・・・此処に、戦いは其の幕を切って落としたのである!!

だが其れは奇妙な戦闘であった。丘陵に水没した側からだけの弓矢攻撃だった。断然有利に在る戦艦の上からは、唯の1矢も
放たれず丸で幽霊船でも在るかの如くに素通りして行く。2番艦、3番艦、そして5番、6番・・・・最初は死に物狂いで発射して居た于禁軍だったが、流石に8番艦、9番艦が通過する頃には、その手が自ずから鈍って居た。そして最後の旗艦も亦、何の反応も見せぬ儘に通過・・・・かと思いきや今度は船縁に突然射手がズラリ出現し、陸地の陣に頭上からの一斉射撃を敢行したのであった。
その威力の凄まじい事!!上から下へ向って射込まれる弓矢の威力は、于禁軍の比では無かった。だが是また奇妙な事には、その放たれた全弾が悉く岸部の水面を狙って撃ち込まれたのである。唖然とする于禁軍。・・・・と今度は全軍の眼の前に、1人の巨大な武将の姿がスックと立ち現われた。
燻した銀の鎧兜に、胸まで届く美事な髯ーー

「関羽だ!!」 「あれが関羽雲長じゃ!!」

将兵のどよめきが起こる中、その巨将は、独り黄金の強弩をキリキリッと引き絞るや、次の瞬間には天空高くに鏑矢を射放った。豪雨の中でも聞こえる唸りの矢音を残しながら、其の矢は美しいアーチを描くと、狙い誤たずに、于禁本陣へと飛来した。思わず全将兵は其の矢の行方を追ったが、再び視線を旗艦に戻した時には、既に其処に関羽の姿は無かった。そして関羽を乗せた旗艦も亦、悠然と、降り頻る雨の中へと姿を消して行った・・・・。

「是れは一体、如何なる存念か?只の偵察だとは思えぬが!?」

「かと謂って、我等を虚仮にした態度とも見え無かったが・・・・。」

「于禁様は如何が思し召しで御座いまするか!?」

「武士の情け・・・関羽どのは、この儂に1戦する機会を与えて
呉れたのだ。そして同時に、降伏を勧告して参ったのじゃ・・・。」

「して、矢文で関羽は何と言って寄越したので御座いまするか?」

「矢文では無く、矢そのものに字が刻んで有る。」

手渡された矢の柱には『再見、3日後』とあった。

「3日後までに最終の回答を求めて来た訳で御座いますな。」

「最後に岸部に撃ち込まれた一斉射撃は、もし抗戦するなら容赦はしないとの警告で有りましたか。」

「今日、ほんの1刻では在ったが、我等は関羽と交戦したのじゃ。お蔭で僅かに面目を立てる事が出来た・・・・。」

于禁に苦渋の決断の時が遣って来た。

「もし1分でも勝利の可能性が有るなら徹底抗戦しよう。だが其う思う者は此処には誰も居らぬじゃろう。どうか?」

諸将を見廻す于禁。暗鬱に押し黙る軍議。

「儂は全軍が此の丘に水没した直後から今迄、唯1つの事だけを考えて来た。それは、如何にしたら関羽に最も大きな打撃を与えられるか!?その1点のみを考えたのだ。ーーそして得た方策・・
それは・・・・」

55歳の、栄光に満ちた男が、その過去の一切から訣別するかの如く、呻く様に言い放った。

「全軍降伏し、関羽軍の兵糧を喰い尽くす!!」

《ーー我ながら、何たる選択か・・・》 

卑怯者!裏切者!の汚名・汚辱が、于禁の腸を断ち切る。

「たとえ此の身は降将の汚名を冠せられようと
人馬5万の兵糧は
関羽にとって、直ちに巨きな負担を強いる筈だ。そして後々迄も、其の負担を強い続けさせる事が出来る。・・・・劉備の蜀は”仁”を標榜し、関羽と云う男も亦”義”を何よりも重んずる人物だ。だから投降した捕虜を虐待する様な事は決して為さぬであろう。我等は敗北の汚名と刺し違えに、その美徳を逆手に取って密かに逆襲するのじゃ!!」

風雪に耐えて幾星霜・・・髪にも髭にも白い部分が多く成っている猛将の唇が震える。

「寧ろ武人にとって死ぬのは容易い。今は却って、生き恥を晒す事の方が苦難の道なのじゃ。而して此の際、我等は敢えて屈辱に甘んじ、己個人の名誉を捨て、国家の最終的な勝利に貢献しようではないか!いずれ必ず、この我等5万の命の重さは、国家にも解って貰える日が来よう。否 たとえ解って貰えずとも いずれ歴史が其れを後世に伝えて呉れるに違い無い。
ーー皆は、何うであるか・・・!?」

死ねば忠節、生きれば恥辱ーーそれが武人
もののふの道であった。投降すると云う事は・・・・過去の一切の栄光を投げ棄て、
〔生き恥を晒し続ける〕と云う事である。 
《嗚呼いっそ死んで居た方が、余ほど楽だった!!》・・・と思える様な屈辱の日々が待って居るに違い無いのだ。愛する者達とも、親しい人々とも、最早2度と此の世では会う事は出来まい。その果てし無い精神の煉獄に堪える覚悟は在るのか!?
〔死より苛酷な生〕か!?〔生より恐ろしい死〕か!?

「死ねば人間 唯それ迄じゃ。だが生きてさえ居れば、未だ何んな可能性が有るやも知れぬ。敢えて堂々と、此の世に未練を抱き続けましょうぞ。」

「ハハハ・・・胃袋で敵を倒す!いっそ愉快では御座らぬか!!」

泣きながら笑う苦渋の決断であった・・・・。

「見て居よ〜。いま儂が雷を操って見せる程になあ・・・。」

3日の猶予期間の裡も、豪雨の雨脚が弱まる事は全く無かった。自然界の驚異を人間供がまざまざと思い知る驚嘆の日々が続くよくも天空には是れ程の雨の海が在るものだ!と呆れ返る程の土砂降りの中、
関羽は、余裕の表情で兵士達に接して居た。
「儂の此の2本の指先にはいかずちが宿って居るのじゃ。だから儂は思い通りの場所に稲妻を落とす事が出来るのだ。・・・・エ〜イッ、樊の城!」

ピカッ!ゴロ、ドシ〜ン!! 「おお〜!!」 と驚嘆の声。

「次は・・・・于禁軍の上じゃ。それ、エ〜イ!」

ピカピカ!バリバリ、ズシ〜ン!! 「わあ〜!!」と讃嘆の声。

「今度は・・・・
广龍悳軍じゃぞ。それそれ、それそれ、デ〜ィ!」

バリ、ビカッ、ドド〜ン!!「わお将軍様は雷様の親戚じゃあ!」

素朴に畏敬する兵卒達と戯れる関羽雲長。関羽は何時でも純朴な兵士達が好きで堪らないのだ。だが此の”秘術”には、流石の諸将も仰天した。

「ハハハ一寸した座興よ。天の運行を鋭く観察する眼が有れば、誰にでも出来る事なのだ。」

関羽は首を捻るとニヤリと笑って言うのだった。

「実はタネを明かせばの、この一連の 天候を観る知識は、全て
孔明殿からの教え、受け売りなのじゃ。軍師どのは天文気象の分野にも精通されて居られるが、未だ荊州に留まって居た砌、
儂に教え置いていって呉れたのだ。」

それにしても美事なパフォーマンスでは在った。ーーそして其の
3日後・・・・


「よくぞ、決断なされた。最終的な処分については、後日改めて申し渡すとして、それ迄は出来得る限り、鄭重に御迎え致そう。」

「敗将に語る言葉は御座らぬ。如何なる措置にも不満は申さぬ」

自ら縄を打ち、ドッカと座り込んで居た于禁に対し、関羽は縄目を解かせて床几を与えた。そして于禁の武名に敬意を表わし、彼にだけは軍装の着様を許して、その面目を保たせたのであった。

「勝敗は兵家の常と謂うもの。勝って驕らず、敗れて恥じず・・・で御座る。お互い、武人として生きる道に何の違いも有りませぬぞ」

武人が如何なるものであるか・・・・その拠って立つ全ての根拠と栄光と苦衷とをも識り尽した、軍神・関羽なればこその厚き態度であった。思わずククッと咽を鳴らす于禁・・・・。だがこの温情も関羽の眼の届く裡だけの事となる。いずれ「江陵」に護送された于禁は、その地下牢獄に繋がれ、屈辱と悲劇の第一歩に身を置く事と成り果てて行く・・・・。他の者達は全員が武装解除された。鎧も兜も剥ぎ取られ刀も槍も弓矢も楯も、身に寸鉄も着けぬ捕虜と成った人馬の群れは、関羽水軍のピストン輸送により、南岸の襄陽側へと移送された。その作業だけでも丸1日を要する、魏国大騎馬軍団の消滅であった。

かくて
、水没した于禁軍人馬5万
関羽の軍門に降ったのである!!

そして関羽は、直面する最大の敵を、いとも当然の如くに、その戦場から取り除いてしまった!!のである。その大勝利の道筋は、誰にも真似の出来ぬ、全く 〔神がかり的〕な、自然の力までを味方に惹き付けた、信じ難いものであった。
何たる戦いで在るのか!? 史実で無ければ、とても描けない戦況リポートである!!事実は小説よるも奇なり!!正に其の典型である。

正史・先主伝〕ー→『秋、群臣が先主を漢中王に推挙し、漢帝に上表した。・・・・・・かくてシ正べんように檀場を設け、兵を整列させ群臣が陪席し、上奏文を読み終えると先主に王の冠を被らせた。先主は漢帝に上書した・・・・それから帰還して成都に役所を置いた。魏延を抜擢して都督と為し、漢中の抑えとした。この時、関羽は曹公の将・曹仁を攻撃し、樊に於いて于禁を生け捕りにした。
正史・武帝紀〕ー→『夏 5月、軍を引き上げて長安に帰還した。秋7月、夫人の
べん氏を王后に取り立てた。于禁を派遣し曹仁を助けて関羽を攻撃
させた。8月、漢水が氾濫し于禁の軍陣へ流れ込み、軍陣は
水没した。関羽は于禁を捕え、更に曹仁を包囲した。

正史・関羽伝〕ー→『24年先主は漢中王に成ると 関羽を前将軍に任命し 節と鉞を貸し与えた。この年 関羽は軍勢を率い樊に居る曹仁を攻撃した曹公は于禁を救援に差し向けた。秋、大変な長雨が降って漢水が氾濫し、于禁の指揮する7軍全ては水没した。于禁は関羽に降伏し、関羽はまた将軍の广龍悳を斬った。
正史・于禁伝〕ー→建安24年太祖は長安に居り曹仁に命じて
樊に居る関羽を討伐させ、また于禁に曹仁を助けさせた。秋に
異常な程の長雨が降り漢水が溢れて平地には数丈の水が溜り、于禁ら7軍は全て水没した。于禁は 諸将と高地に登って水を眺めたが、回避する場所は無かった。関羽は大船に乗って遣って来て 于禁らを攻撃し、結局 于禁は降伏したが、广龍悳は忠節を曲げずに死んだ。

正史・曹仁伝〕ー→関羽が 樊に 攻撃を掛けて来た時、折しも
漢水が氾濫し、于禁らの7軍は水中に没し、于禁は関羽に降伏
した。曹仁は数千の人馬と共に城を守ったが、城壁のうち水没
しない部分は数板と云う有様だった。関羽は船に乗って城に臨み数重に包囲して外部と城内の交通を遮断した。食糧はあわや底を突かんと云う状態なのに救援軍は遣って来無かった・・・・。



三国志上、空前の投降劇・捕虜の数であった。そして曹操は、この于禁の降伏により、温存して在った虎の子の精鋭軍団5万を、丸ごとゴッソリと失ったのである。一体誰が此んな事態を予想し得たで在ろうか!?
是れで当分の間は、曹操に打つ手無し!の状況と成った。

「樊城」に孤立を深める【曹仁】!そして其の北
4キロ地点には、未まだ濁流の中に取り残された儘の軍団が在った・・・・

更なる史劇が、其処に関羽を
 待ち受けて居たのである!!
【第235節】 烈士屈せず・事前の命日 ( 報恩の鬼、濁流中の激戦) →へ