第209節
呉国魂!溜飲スピリッツ
                                  特攻男・甘寧推参!
曹操
は全く人も無げにズカズカと現われた。そして「
濡須塢」の眼の前、僅か20里(凡そ800m)の近距離まで来ると、丸で一服でもするかの如く、忽ち 其の両翼を延々と拡げ始めた。 朝方に偵察部隊が現われて以後、なお陸続として集結して来る後続の大軍団は引きも切らず、その40万の全てが着陣し終えたのは、とうに真昼を過ぎた頃であった。
20里=800mでは互いの陣営は丸見え状態である。いや曹操は敢えて是れ見よがしに、そうしたのである。

《どうじゃ!是れが魏王の実力であるぞ。小僧っ子め、よっく見て
 置け。無駄な悪足掻きを止め、儂に屈服せよ。
                     決して疎かには扱わぬぞよ。》

その40万の威容は、恰も、そう言って居る様ですら在った・・・・。


ーー対する
〔濡須塢〕7万の
孫権ーー

「老い耄れメ、必ずや一泡吹かせて呉れるぞ!」 と歯噛みした。

そして・・・・
甘寧興霸に拠る、

          曹操本陣への
奇襲攻撃は、曹操本人が着陣した其の日の深更に、100余名の精鋭選抜部隊を以って決行される事となった。ーー其の目的は・・・・

飽く迄も
前回の意趣返しであり、〔曹操のド胆を抜く!〕事であり、
敵に 呉国魂を思い知らせてやる事に在った。 あたら精強の者達を犬死させる為では決して無い。勿論可能であれば曹操の首をチョン切って持ち帰る事も 視野には入れて居るが、隊員全てが無事生還する事も亦、重要な眼目であった。 謂わば、
孫権の意地
呉軍の心意気を示す為だけの、命懸けの〔出入り〕・殴り込みヤクザ用語 に外ならぬ。余っぽど、先の屈辱が骨身に堪えて居るのだ。正真正銘の武人、純粋馬鹿で無ければ、こんな事は決して思い着くまい。ーー何せ・・・・

40万のド真ん中をたった100人で突っ切り
警戒厳重な
曹操の帷幕を襲う!!・・・・と謂う・・・・

遼来来!も顔負けの、もう殆んど破茶無茶な作戦を敢行しようと謂うのである。
しかもーー隊員が1人も欠ける事無い様に
鮮やかな往還を達成する!!
ーーと謂うのだから、もう是れは丸で夢物語に近い無理難題である。いかに全員の生還を掲げた処で、そんな事を信じる者は 唯の1人も居無い。
正に 「決死」・「必死」とは、此の使命を指す言葉に相違なかろう。
ちなみに、
前部督・甘寧将軍の直属部隊は3千人。元より、呉軍の先鋒を任せられる程の部隊であり、精鋭揃いだった。その3千の強兵の中から 更に精強な猛者達を100人選抜したのが、この〔敢死軍〕とか 〔解煩軍〕と 呼ばれる特攻隊なのだった。
敢えて名付ければ、
【黒豹部隊!!】
大都督 呂蒙は、此の奇襲攻撃に引き続き、本格的な先制攻撃を波状的に用意して居た。その呉軍総司令部の作戦は・・・・
3段階の戦術を以って、此の決戦に臨むものであった。

〕→甘寧部隊に拠る夜襲で、曹操軍の中枢を攪乱。
〕→被害が小さく、心理作戦に過ぎ無かった事にホッ安堵し
     油断が生じた所を 今度は本軍・先鋒軍団が先制攻撃を
     仕掛け、甚大なる損害を与え、敵の出鼻を挫く。
〕→以後は戦術を一転、堡塁上からの強弩1万張りを主に
      徹底した籠城戦に入り、長期戦を覚悟して居る事を
      曹操に判らせ、その撤退を強いる・・・・

但し
最初の夜襲が失敗すれば以後の作戦が全て齟齬を来たす事と成る況してもし甘寧自身が戦死する様な事態とも成れば全くの逆効果を招き、却って敵を勢いづかせてしまう。故に、遣るからには、何が何でも絶対に成功させなければならぬ。謂わば、
今回の決戦の帰趨を左右する特別攻撃と成るのだ。

だが 幾ら成功を誓っても、実際の戦場では 何が突発するか判らない。如何に闇夜の奇襲とは雖も、何せ40万のド真ん中を突き抜けなければならぬのだ。それだけでも至難の業である。又もし潜入に成功し曹操の心胆を寒からしめた!としても・・・・
其の場では絶対に、”大騒擾”が起こる事は必至であった。その騒ぎを聞き付ければ 忽ち千や2千の将兵がワッとばかりに動き出す。寝惚け眼でも何でも、40万は40万。退路を絶たれる可能性は極めて高い!ーーと観なければなるまい。
いや実の処、夜襲を命じた当の孫権自身が、内心では、生還は困難!・・・と思って居たのである。その証拠に孫権は、いよいよ出撃となった其の日、せめてもの餞
はなむけとして最後の晩餐用に、豪華な”特別食材”を 甘寧に下賜したのである。 極上の酒1樽に銀シャリ、牛と豚に鶏卵、様々な野菜と珍重な果物・・・・日頃なら一般兵士には無縁な大御馳走であった。甘寧は其の食材を自分専用の厨房に持ち帰らせると、調理人達に最高の味付け料理をさせ、部下達と 〔水入らず〕 の ”最後の晩餐” を 催した。

さて、其の
出撃直前の宴会場・・・・
赤々と燃える篝火の中、
豪勢な食事が済んだ。 車座に成った
100名の隊員達は、満ち足りた顔付で 互いに戦友の肩を叩き
合いながら、食後の談笑を楽しんで居る。 流石に 猛者揃いの
特攻隊員、悲愴な顔をして居る者は見当たらぬ。ーーと、やがて出陣の儀式が始まった。皆一斉に威儀を正し、正面の甘寧の方に視線を注ぐ。そして部隊長が呼ばれ、甘寧の前に進み出た。
すると甘寧は、孫権から下賜された極上酒を、先ず自ずから銀の盃に注ぎグイッと一気に呑み干した。実に美味そうな呑みっぷりである。更にもう一杯・・・・手酌で2杯を飲み干すと 次に甘寧は呼び寄せた「部隊長」に其の銀盃を手渡し、手ずから酌を与え様とした。すると部隊長は 感激の余りか、深々と叩頭すると、恰も
其処に 突っ伏して居るかの如き姿勢を示して動かなくなった。
通常こうした特殊な出陣式の場合
全隊員が将軍が口を着けた同じ盃で同じ樽の酒を1杯ずつ呑み廻し、生死を共にする血盟を誓う。即ち、酒は”血の象徴”であり、所謂、後世の〔固めの盃〕の原形である。将軍が手ずから酌をするのは、隊員の代表たる部隊長1人のみ。後は其の部隊長が将軍の名代として、全隊員に酌をしてゆくのである。

処がここで トンデモナイ事態が生じたのである!
な、何と部隊長顔こそ見えぬが、肩先を小刻みに震わせて居るではないか!
「おい、面をあげろ。」 その有様を見た甘寧、ただ静かに命じた。それでも部隊長はピクリとも動かぬ。晴がましい宴席のムードは俄に暗転!!全隊員は息を殺して其の成り行きをただ見守るばかり・・・ピーンと緊迫してしまった気不味い雰囲気。

「もう平伏は充分である。面を上げて 儂の酌を受けよ。そして
 可愛い部下達にも、殿から戴いた 此の美酒を注いで呉れ。」


飽くまで穏やかな口調で命ずる甘寧。だが部隊長は、突っ伏した儘、顔を上げ様ともしない。背中が脂汗でベットリと濡れている!
事も有ろうに特攻隊長とも在ろう者が、出撃を目前にしてブルッテしまったのである!!・・・・と、其れを見下ろして居る甘寧の額にビキビキと怒りの青筋が浮き上がって来た。マズイ前兆である。一体この場は、どう成ってしまうのか?
甘寧座った儘の姿勢で ゾロリと 佩刀を抜き放った もう、こう成っては 誰にも止める事は不可能だ・・・・
此の必勝を期すべき、神聖なる宴は、味方の部隊長を血祭りに挙げると云う、凄惨な修羅の場に成ってしまうのか!?ーー然し其れでは、出撃に際して余りにも不釣合で不吉に過ぎる事態である。然し其んな事なぞ歯牙にも掛けぬのが、甘寧の性向でも
在る。と、誰もが危惧した通り、
甘寧
抜き身を膝の上に抱いた儘、朱刷して怒鳴り付けた!!その声音は流石の猛者100名が、ついビクンとしてしまう程のものであった。何せ過日の〔合肥撤退〕に於いては竦み上がって居た軍楽隊を、その一喝で再び演奏させてしう程のド迫力!

おい、お前!お前が陛下から大切にされて居る
 のと、此の儂が大切にされて居るのと、一体
 どちらが勝ると言うのであるか!?


その大声に、部隊長も思わず甘寧を見上げた。

その儂が命を惜しみもせぬのに、何でお前だけが此の期に及んで、自分の命を惜しんだりするのだ!! ええ〜? おい!!
未だ甘寧は座った儘で在ったが、その心は既に決まっている如き形相。

「そうして這い蹲って居れば
儂や部下達を差し
 置いて テメエだけは助かる、とでも思って居ん
 じゃア〜有んめえよナア〜!!」
元のヤクザ親分口調が出ると同時に、甘寧は 佩刀を鷲掴みに
すると、すっく と 仁王立ち、ズカリと一歩を踏み出した。

「此処で今、直ぐに殺されるか?それとも仲間と一緒に生きて帰って来るか!!キサマいってぇ、どっちなんデェ〜ィ!!」

《ーーヤ、ヤバイ!マジ切れして居る!本当に殺される!!》

転瞬、部隊長はガバと身を起して礼拝するやササッと進み出るといとも恭しく、両手を頭上に差し上げ、銀の盃を授かる事を所望した。ーーだが、今さら甘寧は、果してそれを許すのか?許さぬのか!・・・・ゴクリ・・・・

「ウワハハハ、中々に上手い演技で有ったぞよ。流石は部隊長じゃ。お蔭で一同、しっかり 肝が
据わった様だワイ。では我が酌を与えようかノ!


呆気に取られて居た隊員達・・・・誰かがアハ、アハ、アハハハと笑い出したのを切っ掛けに、場内は安堵と冷や汗の入り混じった大爆笑の渦と 化していった。 誰の心にも 恐怖心は有る。況して40万のド真ん中へ、たった100人で征くのだ。そこら辺りの武士もののふの琴線は 重々解って居ればこその真骨頂!!甘寧に
とっては寧ろ、臆病者を 即座に 手討ちにするなぞ 易とも簡単な
日常茶飯事であった。然し今、豪胆ながらも沈着で粋な大将軍の風格を加えたのは流石の御手並み・・・・
イヨッ〜甘寧!!
と声の1つも掛けたい名場面だったか?

内心ホッと胸を撫で降ろした部隊長は、もはや憑き物が落ちた
如く、怖気の蟲を完全に払拭し、晴れ晴れとした顔付で、兵士達全員に、各々銀盃に1杯ずつの酒を酌して廻り始めたのである。

                               ーー以上、正史・甘寧伝』よりーー

蓋し、このハプニングに因って、却って心が1つに纏まり、死生の決意の固まった観のある

 甘寧
夜襲 特攻部隊
。いよいよ、
    この
4時間後出撃する
・・・・!!



この後の戦闘の模様は、【紀伝体の宿命】として、『正史』の6人の伝の中に分散別記されている魏側では「武帝紀呉側では「呉主伝」「呂蒙伝」「蒋欣伝」「董襲伝」に簡略に甘寧伝」にやや詳しく記述されている。
だが弱った事には、陳寿氏の書き方は魏・呉の両方に華を持たせる様な匙加減であり、又、その《戦場の位置》も微妙に曖昧模糊としており、詳細 正確な戦闘の再現は厳しい。ーーとは謂え戦況詳報化を忌む傾向の強い古代史書としては、誠に有り難い事に、大凡の状況は把握できる。故になるべく虚構を排し この何とも形容し難い、第2次濡須戦に於ける戦史を辿って試る事とする江表伝に負う処も大となるのであるが仕方あるまい・・・・

だが 其の前に先ず・・・・我々は
戦場の所在地点 について、その不明確さ を正史に沿って見て措かねばならない戦場が確定できなければ、その戦闘の記述にも悪影響が及ぶのは必至だからであるーーで問題は、緒戦の先制攻撃の地点が果して「濡須塢」周辺で在ったのか?それとも「別の場所」で在ったのか?・・・・である。更に拘れば、緒戦の後に続いた本格的な対陣の地点は、同じ位置で在ったのか否か?である。
同じ正史なのに、何の様な”記述の相違”が在るか?
ーー特に問題と成るのはーー最後に転載する『武帝紀』だけが、呉側の5人とは異なる点である。兎に角、比べて試よう。

呉主伝』→建安21年の冬、曹公は居巣に本営を置くと其処から濡須に攻撃を加えた
蒋欣伝』→曹公が濡須へ軍を進めて来ると、蒋欣は呂蒙と諸軍団の総指揮に当った
甘寧伝』→曹公が濡須へ軍を進めて来ると、甘寧は前部督と成り、勅命を受けて
                 敵の先鋒の軍営に攻撃を掛ける事となった。
董襲伝』→曹公が濡須に兵を進めて来ると董襲は孫権に従って急遽、濡須に赴いた
              孫権は董襲に命じ、五楼船を指揮して、濡須口を固めさせた。

                 (※この記述は214年の事とも受け取れるので本書は既述してある。)
呂蒙伝』→曹公が再び濡須へ大軍を進めて来ると、孫権は呂蒙を督に任じ、
             
先に築いた堡塁に拠り、強力な弩1万張を其の上に配備して、
             曹公の進出を防がせた。

武帝紀』→22年春正月、王は居巣に陣取った。
            2月、軍を進めて長江の西の
赤卩谿かくけい陣営を布いた。
            
孫権は濡須口に居り、城を築いて抵抗したが、そのまま接近
             して攻撃し、孫権は退却した。


以上、結局、「武帝紀の記述」を何う読むか!?
・・・・であるがーー
この後の史実では、
退却するのは孫権では無く曹操自身の方である無論、孫権とて いずれは帰還するが、それを”退却”と強弁するのは明らかなオベッカであり、現代なら詭弁に相当する。だが陳寿の置かれて居た苦しい立場を考えれば、誰が見てもオベッカと判る書き方は、いっそ却って爽やかですらあり、許容範囲である。

問題は
赤卩谿であり、「濡須であり、其処に城を築いて抵抗した」とする記述の方である。因みに《濡須濡須では近距離 (ほぼ20キロ)だが、状況は全く異なって来る。後者で在れば 確かに、新たな城を 築かねばならぬ
河口地点となる。だが短期間で築城するのは不可能だから、精々”砦”の補強程度の物であろう。最大の問題は・・・・わざわざ地名を掲げてある、
曹操軍の攻撃拠点たるMAP209→濡須塢の周辺拡大図
赤卩谿
】の位置
である。「長江の西」との 但し書きは在るものの実の処、正確な位置は判ら無いのである。居巣から出撃して西方・・・・とだけでは《濡須塢の》 近くとも《濡須口》の近くとも謂い得る。ウ〜ン??である。ーーで、結局、本書は、こうした曖昧さを残した儘ではあるが、呉側の複数証言?の方=
濡須
を選択せざるを得無い
・・・と云う事に達する。
長々と、こんな些細な事に拘泥するな! と謂う御叱りも御座いましょうが、この問題に一応の決着をつけて措かねば、本書の性質上、筆を進められぬノデアリマス。





三国時代 徹底的暗い

21世紀の倭国では寧ろ〔完全な暗闇〕は敢えて求めないと中々見つからない位である。 ともすると、月や星の 本当の明るさ
識らずに生きて居るーーだが、2000年前の三国時代の者達は紛れも無く、夜の闇を知って居た。闇夜に生きる術を知り
同時に其の恐ろしさをも深く認識して居た。其処にこそ、この奇襲部隊の意義が在った。
因みに、筆者は幸いにして
青ヶ島
と云う、倭国で最少人口の、太平洋上の孤島
( 当時は村民全部で169人だったと思う )小10年住んで居た体験が有り、〔真の闇夜〕を体感した。懐中電灯を翳すと宇宙の涯てにまで届く位に、その光の筋が突き抜けていった・・・・だが、月と星の明るさは偉大であった。慣れて来ると、懐電を持たずとも 平気で歩けたものだ。逆に、月明りだけの中での島踊りなどは、得も謂われぬ美しい光景であった。相手の表情や、心までもが細かく伝わる。
尚、村(島)の名誉の為に断わって置くが、立派な発電所も完備した、心の暖かい東京都民の島である。民宿だって在る 情け島・・・・「思うわよ〜い!」・・・・あ〜ショメ〜ショメ♪♪〜(島唄)

慮らく、そう謂った意味で、地球上には〔真の闇夜〕と云う状態は、2000年前に於いても、中々探し当てるのは難しかった筈だ。
期待できるのは曇天の夜の場合のみである。一体、奇襲当夜の気象状況は如何様であったか?
さて其の
2更・・・現代で謂うなら真夜中の時間帯・・・
ひそと霜が降る様に、100名の命知らずが、戦場の真空地帯に脚を踏み入れた。いや、「舞い降りた」 と云う表現の方が適切かも知れ無い。ーーその隔つ距離、僅か20里ーー 昼間であれば、確実に視認され得るエリアであった。騎馬で突っ込めば、ものの5分の空間・・・・黒々と浮かぶ 濡須塢の城門上に立ち、彼等の
特攻出撃を見送る孫権。言葉も無く、只無事の帰還を祈るのみ。然し最早、誰1人として振り返る者とて無く、甘寧の黒豹部隊は、忽ち漆黒の闇の中へと溶け込んで行った。見上げると三日月の掛かる星月夜であったーー。

その夜襲部隊・・・みな口に〔枚
ばい〕を銜えスタスタゆく足取りには何の躊躇も見られ無い。すっかり闇に同化し暗黒を我が味方にしたかの如き前進地上の起伏を物ともしない完全なるサイレント・黒豹部隊の進攻。騎馬は1頭も引いて来ては居無い。敵と激突する心算は全く無いのだから騎馬の突破力も不要である。只、惨く静かに敵を屠り尽すのみ・・・・やがて、敵味方双方の陣からの中間地点。先発の斥候が、敵陣の様子を伝えに戻って来た。先頭の甘寧に向って言葉は無く、単にコクンと目顔で頷くだけ。《途中に敵の哨戒戦は無い!》との確認が出来たと云う事らしい再び無音の接近・・・・ 物凄く長い時間と距離に感じられる。が、
実際には両陣営の距離は1キロにも及ぶまい。出発してから凡そ1刻ーー部隊の足がピタリと止まり、全員がスッと地上の闇に身を沈めた。遂に曹操軍の”哨戒線”に辿り着いたのである!! 
もう、直ぐ眼の前には敵の侵入を防ぐ為の
逆茂木さかもぎ(鹿角)が現われた。丸太を組んで地面に垂直に立てた、鉄条網代りの防禦柵である。因みに、この当時の常識としては『着陣したら先ず、逆茂木を構えよ!』 と謂うのが遠征時の鉄則。今日の昼に着陣
したばかりだと謂うのに、流石は曹操。40万の大軍に胡坐を掻く事無く、キッチリ遣るべき事は遣って居たのである。 だが 然し、
よ〜く見ると、其れは未だ未だ不完全で在る事が判る。通常なら最低でも 2重。念の為には3重が常識。ところが実際に在るのは
たった一重の代物で、柵の向うには 2重目・3重目用の丸太が
無造作に山積みされているのだった。 畢竟、此の有様の露呈
する処は
ーー曹操側は、
着陣した其の日の敵襲を想定して居無い
・・・と云う証明であろう。夜襲部隊の出だしは上々と見える。ところが曹操。その防禦柵の向う側に、更にもう1つの難関を準備中だったのである!!自然の小山だと見えた眼の前の影は実は曹操が築かせた堡塁だったのである
だが甘寧の表情には、特に何の変化も見られ無い。此の程度の事態は屁とも思って居無い様子である。無論その堡塁上を、敵の歩哨が行ったり来たりの巡回を繰り返している。 但し、逆モギの向うで焚かれている篝火は寧ろ守備側には逆効果で、敵の歩哨の姿は黒々としたシルエットと成って浮き立ち、丸で標的にして下さいと謂わんばかりの御粗末・・・・とても未だ《最前線に来た!》と云う、真剣な空気とは見えぬ。ーーと、事前の指令だったのであろうか。甘寧はじめ、隊員の1部がフッと居無くなった。そして
其のカッキリ5分後、残って居た全員がサッと逆モギの直下に姿を現すや、何と大胆にも、その柵の一部を引っこ抜き始めたのである!!無論、音を立てる様なヘマはしない。作業は間隔を置いた数ヶ所で一斉に、1メートル幅の単位で為された。その間、万一歩哨に気付かれた場合に備えて、既に甘寧ら弓の名手達がスナイパーと成って、歩哨1人につき5本の矢が、首筋と眉間に狙いを定めて控えて居た。・・・・然し、終に其の矢は1本も放たれる事の無い裡に、逆モギの数ヶ所は 引き抜かれた。 而して、500里
(2キロ)にも及ぶ長大な防禦柵全体からすれば、その中の僅か1mが抜け落ちたからとて、闇夜の遠目には何の異状とも映らない。

その数瞬後、5つの裂け目から100匹の黒豹達が恰も忍び寄る物の怪の如く、ヒュン、ヒュン、ヒュンと、全て柵の内側に潜入を終えていた。そして60度は有ろうかと思われる堡塁を、爬虫類の如くに攀じ登ると、その縁から眼だけ出して窺う・・・見渡せる範囲に敵の歩哨テントは3つ。その詰め所から3名ずつが派遣され、計9名の歩哨が外に出て任務に就いて居た。・・・・だが其の直後9人共は寸秒の狂いも無く、背後から口を塞がれ、一斉に咽笛を掻き切られたのである。ウンスンと声を発する暇も無い一瞬の出来事だった。此の時、3つのテントの中に詰めて居た10余名の敵兵も亦
同時に全滅させられて居た全ては無言無音の惨劇であった。結局、鍛え貫かれた甘寧部隊の前には、作り掛けの〔逆モギ〕も 〔堡塁〕も、何の役にも立た無かったのである。

曹操側の着陣初日は夜営であった。外は未だ未だ寒い2月の初頭・・・全軍が足の踏み場も無い密度で、大小の移動用テントを張って、毛布の中に縮こまって居た時刻は午前1時を過ぎた寝入り端・・・・健康な兵士にとっては、レム睡眠からノンレム睡眠へと落ち込む、最も無防備な寝込みの時間帯ーーそのテント群を影から影へ、ヒュン!シュン!と 物の怪達が、やや奥まった
地点に在る、豪華なテントへと殺到してゆく。だが突然、眼の前
から猥雑なテント群が消えた。その代りに、ゆったりとした空間が現われ俄然、歩哨の数が増え、1部隊が丸ごと警備に就いて居た。間違い無く、曹操の司令部・本陣である。闇を照らす篝火の数も、死角を作らない様に格段の多さに増やされていたーー
想定内の状況とは謂え、もう此処からは”隠密行動”では無い。奇襲攻撃の本番であり、敵警備部隊への斬り込み戦闘が始まるのだ。
ーー・・・!?》戦場での虎痴ポケ〜とした”痴”の面は見せぬ見せるのは野獣の嗅覚と獰猛さを有する”虎”の姿だけである。
〔黒豹〕に〔虎〕・・・異様な気配の接近を一番先に嗅ぎ分けたのは、曹操のテント前に侍立して居た【許猪】であった。
「殿、殿!起きて下され!何かが遣って来ます!」
「フニュ・・・・何事じゃ?」 「刀を持って、私の傍を離れずに居て下され。馬超の強襲以上に嫌な感じがします。」
「そんなに危ないのか?」
「馬超は真っ正直でしたが、
今度の奴はコスイ・・・・。」
と、その時だった。突如、表で、突貫の雄叫びと絶叫の大音響が巻き起こったのである。警備兵が飛び込んで来た。
「た、大変です!敵の奇襲攻撃で御座います!」
「して、其の兵力は?」 「未だ然とは判りませぬ!」
「防ぎ切れそうか?」 「近衛部隊が直ぐ近くに居りますから大丈夫かと。」
「このテントには1人たりとも近づけさせるでは無いぞ!」
「ハッ、命に替えまして!」 「よし、ゆけ!」
連絡兵は表へ飛び出して行った。
「一体、誰の仕業であろうかの?」 曹操が呟いた時だった。
「お答しましょう。」・・・・くぐもった声が、テント越しに聞こえた。と思うや、その一角をザクリと切り裂いて、1人の武将が現われたのである!
我が名は甘寧、字は興霸。曹孟徳殿の御命、
 頂戴に参った。
 
息1つ乱れぬ、傲然と落ち着き払った態度。

「ほう〜、其れは又、御丁寧な挨拶じゃな。」 曹操も 動じ無い。

積年の恨みと、先般の恥辱を雪がせて戴く。

言い様、甘寧は乾坤の一太刀を浴びせた。黙って居る許猪では無かった。その一撃をハッシと受け止め、跳ね返した。

よいか、呉にも命知らずは何人も居るのじゃ。
 甘く見るな!!


それだけを告げ置くと、甘寧はクルリと背を向け、再びスタスタとテントの外に出て行った。許猪も後を追おうとはせず
ただ切り裂かれた布の縁がパタパタと風に鳴っている。 
「ーーフウ〜、剣呑じゃが、鮮やかな奴め・・・!!」

テントの外は、大騒動・大パニックと成っていた。飛び交う怒号と乱れた足音、緊急警報の陣太鼓が乱打され、松明と篝火が一斉に灯された陣営内は、真昼の如き明るさと成っていた。
その明りに照らし出されて辺りに散らばって居る骸は、全て曹操軍の兵士達のものばかり。この周辺だけでも数十体が見られる。 「油断すな!敵は、味方に化けて居るらしいぞ!」
「第2波、3波の攻撃に備えよ!」 「それ所では無い。未だ敵は近くで暴れ廻って居るのだ。其方に駆け付けよ!」 だが其方と言っても、陣営全体が大騒ぎと成っているのだから、何が何やらサッパリ判ら無い・・・・。

一方、
濡須塢の孫権。三日月夜の城壁から、曹操陣を望見し続けて居た。・・・・と、闇を挟んだ敵の方角が俄に明るく成り、夥しい篝火が視認できた。ばかりか耳を澄ませると、風に乗ってその騒擾のどよめき迄もが聞き取れるではないか!!
「おお、どうやら見事に突っ込んだ様じゃナ。ーー無事に還って
来て呉れヨ!」・・・・ジリジリと待つこと1刻・・・・途中まで派遣して置いた出迎え部隊の伝令が第1報を齎した。

『我、奇襲に成功せり!』 トラ・トラ・トラ・でありまする〜!!

「おお〜!やったか!!」 欣喜雀躍する孫権。

「是れで、我が呉国の誇りは保たれたぞ!」

「おっつけ、皆、凱旋されるものと思われます!」

「よし、此方も眼一杯に篝火を燃やして甘寧を迎えよ!!」

そして未だ、曹操陣営が 蜂の巣を突ついた様な大混乱に陥っている最中・・・・
甘寧率いる夜襲部隊は、悠然たる姿で、然も唯の1兵を失う事も無く、その勇姿を、味方全軍の前に現したのである!!

「音の出る物全部、何でも構わん。最大音量で打ち鳴らせ!吹き
 鳴らすんじゃ〜!!」

命令する迄も無かった。いま此処に居る 全ての者達が感激し、
嬉し涙に狂喜して万歳を叫んで居た。

《やれば 矢張っり 出来るのだ!!》
周瑜の赤壁以来、己達自身の武勇に些かの疑念を抱いて居た呉の将兵達にとっては、この甘寧の壮挙は、それまで胸の奥に痞えていた溜飲を、綺麗サッパリと吹き払い、再び呉国魂を蘇らせてくれたのである・・・・!!

孫権に目通りした甘寧興霸。特段の様子も無く簡潔に報告する。

「御命令通りにして、今 還りました。」

「ウム美事である!
老子おいぼれめを驚かせてやる
 事が出来たわい
一先ず 貴方の肝っ玉を
 見せて貰った訳だ
直ちに褒美を取らそう!」

嬉しくて嬉しくて堪らぬ孫権。その場で絹千匹と刀百振りとを下賜した。そして周囲に大声で言うのだった。


孟徳張遼が居れば
 私
には興霸が居て、それで丁度
   つり合っておるのだ!!
【第210節】死んだ振り大作戦 (孫権降伏、負けて勝つ?)→へ