《反抗一筋７０年！》
《あの糞ジジイめ、変に目立ちたがらぬから、余計に始末に追えんワイ！》
齢を積んだ事から来る老獪さ故もあるが、若い頃から常にナンバー２を好んだ。どっか拍子抜け
する所の有る奴だった。自負は有る様だが気負いは見られない。それだけに、いざ本気で相手を
するとなると厄介なジジイであった。７０歳にもなるんだから、もう好い加減にして貰いたい・・・・と
言いたくなるのが、この爺っサマ・・・・名を【韓遂かんすい】と仰しゃる (のたくられる)。
オギャア～と生まれ落ちた時からフンギャア～と死んでゆく迄、徹底的な反骨・反抗精神を貫いた。
丸で、其れを愉しみにして居るが如く、病み付き状態の叛乱オタク・・・・
ーーでも実の処、彼の姓名は よく判らない。「韓遂｣ ではなく 「韓約｣ だったとする説もある。 字は
たぶん「文約｣だったらしい。何故 〔らしい〕 かと言えば・・・・元々は漢人(中国人)だったくせに、異民
族と仲良し子良しになっちゃて、約３０数年間に渡って、元の御主人様・漢の皇帝を相手に目っ茶
苦っ茶、暴れまくった【賊】だったからである。同じ暴れ者でも、漢王室サマサマと呪文を唱えて居
れば、【群雄】の１人に数えて貰えたのだが、そんな遠慮も無しにモロに反抗したもんだから、正式
な「伝」は立てて貰えず、従って詳しくは紹介されていない訳なのだ。
だが、断片的に出て来る史料を繋ぎ合わせて見ると、 若い頃の曹操 (洛陽デビュー当時) とは、後に
思い出話を語れる程の付き合いは有った様だ。(曹操よりは１５歳位？上)
実力はナンバーワンで在り続けながら、 常に手を組んだ相手をトップに据え、自分自身はタテマエ
上は、何時でもナンバー２で在り通した。 だから、史書の扱いも常に「××と韓遂｣ と云う具合に、
２番手として表記されている。・・・・そんな韓遂が、初めて史書に登場して来るのは、１８４年の
〔涼州大反乱〕の時であるが、端っから「賊」としてデビューを飾って？いる。
既に《第３２節》で一部紹介済みだが、その年譜・来歴を改めて見てみると、数多の英雄豪傑達が
次々と亡んでゆく時代状況の中に在って、如何に長期間に渡ってしぶとく独尊を保ったかが解る。
ーー『後漢書・董卓伝』によるとーー
『中平元年の冬、北地（長安の直ぐ北の郡）の先零羌せんれんきょう、及び枹罕河関（長安から西へ６００キロも離れた地方）の群盗（異民族）が叛乱を起こし、是れが一緒になって湟中（両者の中間地点）の義従胡（漢に忠誠を誓う異民族）の北宮伯玉と李文侯を将軍として護羌校尉（異民族の監視長官）の冷徹を殺した
伯玉らは金城郡の人辺章と韓遂を脅して連れて来て、軍政を一任し、共に金城の太守・陳懿を殺し、州郡（政庁）を攻めて焼いた。』ーー・・・・と、ある。
即ち、「羌きょう族」は同民族の『北宮伯玉』を担いだが、「伯玉」は己の役不足を自覚して、漢人の豪族だった『辺章』と『韓遂』を、更に又、担ぎ出したのである。 「脅して引き込んだ｣ とあるが、互いに魚心に水心で在ったと云う訳だ。そして「韓遂｣はトップの座を「辺章｣に譲った。だから どの史書を見ても皆、辺章と韓遂が云々・・・・と云うランク付けに成っている。
ここで【韓遂】及び、中国西方の年譜を もう１度眺めて措こう。
１８４年ーー『韓遂』、涼州叛乱を指導
１８５年ーー投入された朝廷軍をワナに嵌め勝利
１８６年ーー『韓遂』は仲間だった辺章・北宮伯玉らの将を悉く殺す
１８７年ーー新たに「王国｣と組み、トップに置いて、涼州刺史と漢陽太守を戦死させる。
その配下部将だった『馬騰』 （元は木こり）とも手を組む
１８８年ーー８０余日に渡って陳倉を包囲するも成功せず。
引き上げる処を「皇甫嵩」に急襲され大敗
１８９年ーー大敗の責により王国を殺す。直ちに閻忠なる者をトップに置き、
馬騰と正式に手を組む。８月、董卓が洛陽で朝廷を支配下に置く
１９０年ーー董卓強硬遷都。『韓遂』・馬騰は招請を受けて長安へ入城。董卓を支える
１９２年ーー４月董卓は「呂布」に暗殺される。「李寉・郭巳」らが政権を継ぐ
『韓遂』は鎮西将軍に任じられるもブッソウだとして涼州へ還らされる
馬騰は征西将軍として 長安の西１００キロに駐屯させられる
１９４年ーー馬騰は李寉政権打倒を目指す朝廷内勢力（劉焉の息子の劉範など）と通ずるが
事前に発覚。涼州へ逃げ帰る
１９５年ーー「献帝」は長安を脱出、東へ向かう。以後１５年間、中国西方 (関中～涼州) は
「権力の空白地帯」と成り、『韓遂』と馬騰は夫れ夫れに勢力を築いてゆく
２００年ーー《官渡の戦いで曹操、袁紹に大勝する》
２０２年ーー曹操の要請を受け馬騰は息子の馬超 を派遣して袁氏の残敵掃討に協力
２０８年ーー《赤壁の戦いで曹操、周瑜 （呉）に大敗する。》曹操の天下統一成らず
馬騰引退。曹操（業）へ一族を連れて入城。軍は雍州で「馬超」 が引き継ぐ
２１１年ーーおのずと『韓遂』が 西方 (関中～涼州) の盟主と成る
と、以上・・・・関中・涼州は、韓遂 が登場して以来、董卓の長安遷都の 一時期を挟んで
美事に無政府状態が保たれて？(続いて)来ていた・・・・のが 判る。
※ 尚ここで、「関中」 と「漢中」 の区別を キチンと再確認して措く必要があろう。今いう
「関中」は長安を含む渭水盆地・渭水渓谷全体を指す。「漢中」は張魯が五斗米道で治めている漢中盆地を指す。似ている上に 隣り合わせなので、注意が必要である。
「関」とは何処か・・・と言えば、黄河の大曲北（直角に北へ曲がる）地点に在る潼関とうかんを指す。もしくは其処よりやや（６０キロ）東寄りの【函谷関かんこくかん】を指すのである。この地点より東を「関東」と呼ぶ。尚、〔山東〕も「関東｣と同じ意味である。こちらの場合は「潼関｣の直ぐ裏手に在る
【
「漢中」は、これ等には無関係。あえて言えば、前漢の高祖に由来する。 そして此の、張魯が五斗米道を経営する「漢中」の直ぐ南が、劉備の狙う「蜀＝益州大盆地」である。
今、曹操が本格的に西方攻略に乗り出す迄の３０年間、関中～涼州は終始一貫して№２の韓遂が《西方の主役》であった事が、お解り戴けるであろう。
そう成るであろう事を、建安年間の早い段階から予見し、その勢力を分析していた人物が在った。 王佐の才を有する【荀彧】であった。当時、廻り中が敵だらけで、然も大敵・袁紹との対決を 控えて苦慮していた曹操に対し、荀彧が答えて見せた会話・・・・『正史・荀彧伝』より・・・・
「先ず呂布を攻め取らなければ、袁紹に対して動く事は出来ませんぞ。」
「然し、儂が迷っているのは、やはり袁紹が漢中に侵入して荒し廻り、羌族に叛旗を翻させ、南方の蜀漢に誘いの手を伸ばすのが心配な為だ。そう成ると儂は唯、兌州と豫州だけを頼りに、天下の６分の５と対抗する事になる。一体どんな手を打てるのだ？」
「関中の頭目は１０単位の数にのぼりますがとても１つに纏まる事はありません 。ただ韓遂と馬騰が最強です。彼等は関東の群雄が争っているのを見て、夫れ夫れ兵衆を擁して守りを固めるでしょう。 今もし 懐柔策を採り、和平を結べば、永遠にとはゆかずとも、殿が関東を安定させる頃までは動かないでしょう。鐘遙に関西の事を委ねれば心配は要らぬでしょう」
まさに荀彧の予見した通りであった。そこで、１０人の頭目・西方の１０将を簡略に紹介して措こう。
ー→韓遂・・・・最強を誇り「金城郡」を根拠とし征西将軍の肩書を有する。３０余年の経歴は
伊達では無く羌や胡からの信頼は厚く馬騰引退(入朝)後は大長老・盟主と仰がれている
ー→馬超・・・・父の兵馬を引き継ぎ、「扶風郡」に駐屯。偏将軍・都亭侯の肩書を有する。
ー→楊秋・・・・３番手の勢力で「安定郡」を本拠とする。
ー→梁興・・・・あの山犬夫婦・外戚代表の梁冀の血筋か？「馮翊郡」西部に割拠。
程銀 侯選 李堪ー→「河東郡」の人・・・・としか判らぬ。
馬玩 成宜 張横ー→皆目判らぬ・・・・まあ、皆んな〔賊〕だから仕方ないカ。
荀彧の予見と違ったのは唯１つだけーー「馬騰」では無く息子の「馬超」に変っている点だけである
とは言え、その割拠している全員を合わせれば、〔洛陽〕 以西の広大な領土 (司州西半分＋雍州
全部＋涼州全部)は、全くのアナーキー、自治コンミューン状態であった。
詰り・・・・曹操は、そんな彼等のど真ん中を通過して
「漢中」 を目指す事となる訳だ。
「ハイ、どうぞ御自由にお通り下さい！」・・・・と、彼等が言うかどうか？？ーーー言う筈が無い。
では、どうするか？？ー→１番スッキリするのは、ウムを言わせず叩き潰す！
だが、それは出来無い。不利と観れば直ぐ涼州の奥地へサッサと逃げ込んでしまう。追う訳には
ゆかない。補給線が長くなり過ぎて此方が自滅する。相手が弱ったと観るや、又ゾロ襲い掛かって
来るーーその繰り返しであった。 イタチごっこが延々と続けられて来た。 だからこそ、後漢
王朝も、終におっ放り出してしまった・・・・真に厄介な連中であった！！然も、遊牧騎馬民族だから
まとまると結構つよい。まとまれば１０万騎を超えるであろう。
攻めては退き、退いては攻める。相手を奥地へ引っ張り込んで措いてワッと逆襲する・・・・普段は
点々バラバラな癖に、いざと成れば 忽ち寄り集まって、そんな作戦を美事に完遂させてしまう。
実際、この武断的な遠征に危惧の念を進言する者も居た。尚書の【衛覬】であった。この衛覬は、
官渡戦以前からの関中方面の文治派エキスパート。国庫の重要な財源である〔塩の専売〕を徹底
させる為に、謁者僕射を置いて塩官を監督させたり、司隷校尉の権限を強化して弘農郡を統治さ
せる・・・・などの発案者でもあった。力任せの遠征には否定的・悲観的であった。
『西方の諸将は所詮、井の中の蛙。天下に活躍する気持など無く、己の地位さえ保てれば満足な
者達です。適当に懐柔してやれば済みます。 然し今、張魯征伐の兵を起こせば、彼等は疑惑を
抱きましょう。ひとたび驚き騒ぎますれば、土地は険しく 軍勢は強力ですから、殆んど手を打つ
事は難しいでしょう。』 この西方のエキスパート、衛覬の懸念には説得力があった。
その元凶・総帥が誰あろう・・・・韓遂の糞ジジイなのである！！
まさか 天下を取れる なんぞは思っても居無い。此処まで来れば、もう行き掛かり上、今更ひとに
白髪頭を下げるのも格好がつかないシ・・・・。 何より彼により自由自儘な なのが好い。 いっそ
無責任なのが好い。トップは鬱陶しいから、２番目が楽珍かナア～～ーーで、気が付いてみたら、もう看板を降ろす事も出来無い立場に成っちゃてるシ・・・・。全体、引っ込みが着かねえシなあ～。でも、そろそろ楽隠居もイイなあ～。 そうだ、どっかに誰か、僕チャンの跡継ぎ探そっかナア～～ー→ 《あっ、居た！ムフフフ、居る居る～～♪♪！》
この韓遂の爺っ様の近くには彼の分身とも言える３人の若者達が居たのである
「馬超」と「閻行」と「成公 英」である。 後世に於いては、兎角 「馬超」 だけが有名だが 実は、その勇猛さでは閻行の方が馬超より上であった！かつて韓遂と馬騰は、一時期反目し合って激突した事があった。その戦いに於いて馬超は、危うく此の閻行に討ち取られる寸前まで追い詰められたのである。その時の様子が『魏略』にある。
『閻行は金城郡の人で、のちの名は艶、字は彦明という。 年少の頃からますらおとの評判が有り最初は下っ端の将校として韓約 (韓遂)に従っていた。建安の初め、韓約と馬騰とが互いに攻撃し合った。馬騰の子の馬超も亦ますらおと評判されていた。或る戦いで閻行は馬超を突き刺して矛を折り、折れた矛で馬超の首筋を殴り、殆んど彼を殺す処であった
その閻行、一昨年(２０９年)に韓遂の命を受け、曹操の所へ友好の使者として派遣されている。
糞ジジイたるの韓遂、ただ徒に真正面から反抗心を剥き出しにはしない。むしろ表面上は友好の
ポーズを取り続けて居たのである。一方の曹操とて梟雄と謂われる男・・・・閻行を手厚くもてなし、
健為太守に任命した。若い閻行、コロリと曹操の術中に嵌り、心を傾かせた。そこで自分の方から
父親を宮中警護の役に就けて欲しいと願い出た。詰り、父親を人質に差し出して忠誠を示したの
である。馬一族は既に馬騰みずからが、そうしていたから、特段に閻行だけが裏切り行為に走っ
た訳では無い。だから帰ると包み隠さずに韓遂に話した。そして曹操の伝言を伝えた後、韓遂にも
人質を出して措くようにと勧める程であった。その時の曹操の伝言ーー
『文約殿に御挨拶する。卿が初めて兵を挙げた時は、追い詰められた挙句の事であって、叛乱の意志が有った訳では無い・・・・と云う事については、私は全て朝廷に対して明らかにして措いた。早く此方に来て一緒に我が王朝を正し助けるのが至当と存ずる。』
それを伝えた後、閻行は韓遂に言った。
「私は将軍(韓遂)の為に軍を起こしてから３０余年経っておりますが、民も兵も疲れ果て、領地も又狭くなっております。早く此方から曹公に近づくべきです。 だからこそ私は、自分の方から老父を都に行かせる事に決めました。将軍も一子を派遣して真心を示されるのが宜しいかと思います。」
それに対して韓遂は、別に不愉快な様子も見せずに言った。
「まあ兎に角、数年間は様子を観るがよかろう。」
然し韓遂、何を思ったか、結局は閻行の勧めを受け入れ、その子を閻行の父母と一緒に曹操の
元へと送り出したのである。・・・・そうした道も又、其れは其れで韓遂の１つの選択肢・在り方なの
ではあった。自身の心の何処かには、そうした諦めの境地も亦、存在し始めて居る事を自覚する
韓遂。永年の相棒であった馬騰が引退した気持も理解でき得た。だから、謂わばーー
３人の分身の中で、この閻行は、対曹操・柔軟派を象徴する
韓遂自身であった・・・・と言えようか。
だが、韓遂の心の在り方・生き様は一筋縄では無かった。未だ未だ、熱く燃え立つ英雄の気概は
その全身に漲って衰えを知らなかったのだ。その７０有余年の、辺境の誇りが培って来た独尊の
アイデンティティを、今さら棄て去る気持など毛頭無い！！・・・・それも亦、韓遂を韓遂たらしめる
至高の生き甲斐であった。そして、
その叛の血を受け継いで居る分身が対曹操・強硬派の馬超であった。
父の馬騰が曹操への帰服を決め、一族郎党全てを連れて故郷を去りゆく時、この父子は互いに
何も言い交わす事は無かった。だが父も子も、是れが今生の別れになる事は解り過ぎる程に解り
合っていた。ただ黙って酒を汲み交わし、滂沱する涙を隠そうとはしなかった・・・・。
この「閻行」と「馬超」の２人が韓遂の武略・武勇を体現する〔動の分身〕であるとするなら、謂わば
韓遂の人徳や声望を象徴するかの如く、心の底から韓遂に心酔し、見返りを一切求めない無条件
の純粋さで付き従う〔義侠の分身〕が居た。ーーそれは、韓遂が恩愛を施して来た、「羌」や「胡」の
者達から抱かれている尊敬と信頼の象徴・・・・とも言える人物の在り方だったかも知れぬ。
『魏略』は其の３人目の分身を、純心を固持し続けた高士！と云う意味の項７人の中の１人として
伝を立てている。その〔純固伝〕の男とは成公英である。韓遂の本拠地金城郡の
生まれで、物心つく以前から可愛いがられて来ていた。本当の父親以上に韓遂を慕い、常に生死
を共にしたいと願い、ひたすら身辺に侍っては献身を尽していた。そうした、温かく無上の魅力が
韓遂には有った、と云う事である。
「閻行」と「馬超」と「成公英」 ７０歳を越えた【韓遂】が眼を掛け
可愛いがっている 此の３人の若者の前途には、 果して今後、どんな ”運命”が 待ち受けている
のであろうか・・・・！？
ーー悠々自適。決して曹操の軍門に降ろうとはしない。土台、「涼州」は中国だとは思って居無い。
「雍州」 だって漢人が勝手に線引きして 決めたモンで、こっちには 認めた心算なんぞ無い。まあ
雍州の向こう側 ３分の１に位置する「長安」 迄なら譲っても良いが、 長安からこっち側は俺達の
モンだ！・・・・それが涼州人を代表する考えだった。
何せシルクロードを牛耳って来た利権の歴史がある。文化的にだって、余程こっちの方が進んで
いる。ローマ帝国の存在など子供だって知っていた。遙か西方から来るソグドの隊商。その来たり
もたらす珍しくも貴重で高価な品々。ガラス製品やワインなど日常茶飯の物であった。それを蛮族
呼ばわりするとは片腹痛い。みな遊牧をしながら自由に生きて来たのだ。
《曹操め、狭い峡谷をゾロゾロと遣って来るなら来てみるがいい！ 普段はバラバラに遊牧しながら割拠して居ても、いざとなれば精強騎馬軍団１０万の強襲をお見舞いして進ぜよう。我等の平穏を壊そうとするならば、それが誰であろうとも、忽ち渭水の中へ叩き落として呉れるワイ・・・・！！
第一お前には今、儂とイタチごっこしている暇なんぞは有るまい？》
確かに、その通りであった。もし、後漢朝廷軍の如き轍を踏んでモタモタしていたら、呉の孫権が
北上を開始するであろう。 今は周瑜が死んだ後の引継ぎで鳴りを潜めているが、曹操が西方で
釘付けに成っている事が判れば、絶好のチャンスとばかりに国軍を投入して来よう。そう成れば、
今まで隠れていた不満分子が挙って各地に叛乱をおこし、或いは孫権と手を組んで、曹操を挟撃
する事態が出現するに違い無かった。そして其れはーー曹魏政権の崩壊を意味する。
曹操よ、それでも尚、敢えて其の危険を承知で遣って来るか！？
独り、ニンマリほくそ笑む韓遂の糞ジジイ・・・・
だが然し、曹操には ちゃ～んと考えが有った。
いずれ此んな事も有ろうかと、その〔傾向と対策〕をしっかり勉強してあったのである。
そして、その専門チームを現地に潜入させ、着々と周到な準備を積み重ねさせていたのである。
既に第１１６節・〔西の鎮守と風雲児〕で述べてあるので、御記憶の向きも御ありでろうが・・・・・
「侍中」のまま《司隷校尉》を兼務させ”持節”として関中諸軍の総指揮をとらせ、後の事を委任し
特に法令に拘束されず自由に裁量する事を許した人物が居たではないか！
儂と同じ権限をソックリ与えるから、西方の事は全てお前に任せたぞ・・・と曹操が全幅の信頼を置いていた人物ーー
【鐘遙】の存在である！！
其の鐘遙の〔是れ迄の実績〕を、もう１度確認して措こう。
１つ目はーー１９６年の献帝奉戴直後・・・・・ 未だ長安に残党する李催らを封じ込めて置く為に、仲間割れした馬騰と韓遂を和解させる 使者の役を果した事であった。この年、献帝に付き従って来た鐘遙は、曹操から《司隷校尉》に任命され直ちに西方に派遣されていたのであった２つ目はーー２００年の官渡決戦の際・・・・ 鐘遙は 西方の守りに在ったのであるが、官渡に着陣して居る曹操の 元へ 〔軍馬２０００余頭を供給し送り届けた〕事であった。袁紹と云う大敵を前にして、一兵でも多くの 軍勢が欲しい 曹操にとっては、その際の 騎兵２０００の増援はどれほど有り難かった事か！ 曹操は戦後に、「送って呉れた馬を手に入れ、大いに緊急の役に立ったぞよ。」 と述懐している。鐘遙が曹操の家臣と成ったのは、１９６年の献帝奉戴の時であるからその間わずか３年で、任地の西方から騎兵２千を供給し得る迄になったいた、と云う事である
彼の西方経営に於ける凄腕＝手腕の確かさが窺える。
３つ目 と４つ目はーー２度に渡る 「高幹がらみの反乱・反抗」 に際して、その都度、西方に在った『馬騰』を口説き落として参戦させたのは、司隷校尉で在ったこの鐘遙なのである！ これは、派手さこそ無いが、実に重い功労である。とかく、三国志に於ける 「西方のハイライト」と謂えば、 《諸葛孔明の３度に渡る北伐＝司馬懿仲達との五丈原の戦い》ばかりがクローズアップ
されているが・・・然し、その前段階に於いては、この鐘遙による水面下の戦いこそが、もっと重要視されても良いであろう。地味でコツコツとした展開の為、今まで小説的なスポットライトは当てられて来無かったが、〔鐘遙 VS 韓遂・馬騰〕の連綿たる駆け引きの妙・説得と反発の繰り返し、即ち
鐘遙による 『姿無き戦い』 抜きには、その後に於ける 〔曹操の関中進攻〕も、〔孔明の五丈原〕も無かったのである・・・・。５つ目はーー西方の総司令官として適材適所に最適の部下を配置して用いた事であろう司隷校尉として 西方へ派遣された直後、鐘遙は、或る男を自分の分身として抜擢・起用したのである。 その男は鐘遙とは違って、いわゆる”寒門”の出の人物であった。即ち鐘遙は身分・肩書に拘らず、人物本位の人材登用を断行したのである。
その男とはーー【張既】・・・・字は徳容。彼は、若い時にこんなエピソードを残していた。
『張既の家は代々名家では無かったが、彼は容貌・所作に優れた人物だった。年少の頃から書簡に巧みで、１６歳で郡の書簡を扱う 役所の小役人となり、家は豊かになった。然し、名門の出では無かったので、自力では昇進する道が無いと思った。そこで彼は、常に上等な小刀(竹簡に書いた誤記を削去する為の物)と筆と書板とを用意しておき、上級の官吏達で持っていない者が居るのを狙って、その都度に与えた。そのお陰で認められる様になった。』 ーー魏略ーー
中々の苦労人で、若くして機略にも富んでいた訳である。そんな彼の資質を鐘遙は見抜き、前記の２度に及ぶ 〔馬騰説得役〕 として自分の手紙を持たせて赴かせ、直接に馬騰と面会・説得したのは・・・・実は此の【張既】であったのだ！その功により、張既は〔武始亭侯〕に取り立てられた。
６つ目はーーこうして、西方の責任者が決定すると、曹操はいよいよ『鐘遙』『張既』ラインを通じて【馬騰】に対し・・・帰順では無く、全面的な臣従(降伏)を誓わせようとした。その難しい説得工作を、【鐘遙】は全面的に委ねられたのである。そして遂にーー２０８年・・・・曹操が荊州へ雪崩れ込む直前、長安の【馬騰】は、『馬騰ハ自ラノ老いヲ顧ミテ、結局、入朝シテ 警護ノ役ニ就イタ。』 のである
『馬騰ガ入朝シタノデ、詔勅ニヨッテ、長男ノ馬超ヲ偏将軍ニ任ジ、馬騰ノ軍営ヲ統率サセタ。又、馬超ノ弟ノ馬休ヲ奉車都尉ニ、馬休ノ弟ノ馬鉄ヲ騎都尉ニ任命シ、其ノ一族郎党ヲ引キ連レテ皆、業卩ニ移住サセ、タダ馬超ノミヲ(長安に)留メ置イタ。』
この馬騰の帰服は全く「鐘遙」→「張既」の粘り強い説得の賜物であった。
７つ目はーー征西の足場となる「洛陽の復興」を果して呉れていたのである２０年前 董卓が灰燼に帰したまま廃墟と化していた洛陽だったが、鐘遙は 関中の民を移住させたり逃亡者反乱者までをも呼び寄せて、洛陽の住民としていった。そして数年後には民の戸数を充実させ、今や曹操が関中征討するに際して、そのベースキャンプとして利用可能の状態にまで復旧させ、提供して呉れたのである。
かように、鐘遙が曹操に仕官してからの僅か１０余年間をザッと見ただけでも、これだけ多くの実績を挙げて来ているのであった。無論その全てが「西方」に関わる成果である。・・・・鐘遙は西方のエキスパート＝《西方の鎮守しずめ》 として、その存在感を重くしていたのである。
曹操は、そんな西方のエキスパート鐘遙を征西軍の前軍師に任じ、その行軍の水先案内人役・道筋の警護・通過後の手当や仕置きの一切を委ねたのである。
だが問題は、〔兵糧〕であった！恐らく１０万を裕に越える大軍団の遠征である。然も長期間に渡り、その輜重を絶やす事なく運搬輸送し続けねばならない。地形と農繁期である事を思えば、牛は使えない。厖大な穀物と輸送人員が要求される。
赤壁の敗北は、この穀物備蓄の面でも大きな痛手であった。如何に自慢の「民屯」をフルに稼動
させても、２年間を経ただけでは とても不足であった。・・・・となれば、領国内に臨時の徴税を課す
しか無い。だが、既に連年の戦費調達に応じて来た官民の疲弊は覆い難く、是れ以上の増税は
却って怨嗟の声を生む。それでは、何の為の遠征か解らなく成ってしまうではないか！？
そこで登場するのが・・・秘密の埋蔵金であった。え？そんなモノが在ったのか！
在ったのである。無論、文字通りの埋蔵金では無い。むしろ〔御用金〕と謂った方がニュアンス
的には整合するであろうか。それも自発的に提供された莫大な拠出であったのだ！！
実は・・・・独り密かに、この日の有るを予想して、以前からコツコツと、その営々たる努力を積み
重ねて来ていた男が 居て呉れたのである。然も、遠征先の関中とは 境を接する河東郡と云う
もう是れ以上は望めぬ最高の位置に於いて、であった。
こうした、決して派手では無いが目立たぬ所で、人知れぬ治績を果した者としては、廃墟であった
合肥城を造営修築した【劉馥】の名が挙げられる。だが此の男の場合には更に地味で、後には
一切の痕跡すら残らない、眼には映らぬ業績であった。
その男・・・・【杜畿】と言う。ーー『正史・杜畿伝』は、彼の功績を淡々と記す。
『韓遂・馬超が立ち上がると、弘農・馮翊では県や邑を挙げて其れに呼応する者が多かった。
河東は賊と境を接していたけれども ２心を持つ者は無かった。 太祖は西征し蒲阪まで来ると、
賊軍と渭水を挟んで陣を敷いたが、 兵糧は全て河東に仰いだ。 その量の厖大さは、
西征が終った時点でも尚、２０余万石も残っている程であった。太祖は礼賛して下命した。
「河東の杜畿は、孔子の言う 『禹については非の打ち所が無い』 との評価に相当する。
俸禄を中二千石に上げよ！」 と。
太祖が漢中を征討した時、５千人を派遣して輜重を運ばせたが、運送に当る者は自発的に努力し
「人間の生には１回の死がつきもの。我が府君(杜畿)の期待を裏切ってはならぬ！」 と言い合い
最後まで１人の逃亡者も出なかった。彼が、その人心を掴んでいる有様は、この様であった。』
無論、ローマは一夜にしては成らない。彼の「伝」には、その営々たる刻苦奮闘の記録も記されて
いるが、この際は 割愛して措く。 ーーいずれにせよ・・・・曹操の覇業は、こうした多くの、地味で
目立たぬ賢臣・名臣達によって下支えされていたのである。
ーーかくて曹操は、西部方面司令官に「夏侯淵」、その前軍師に 「鐘遙」を選任した。
そしてその軍糧を ｢杜畿」 から得る・・・・
それが 糞ジジイに対する 「傾向と対策」であった。
然し是れが全てでは無かった。実は、もっと〔奥深い考え〕が曹操の胸の裡には秘められて
いたのである。それが一体 何で有るのか！？ その答えは、今後の進行の中で徐々に明らかに
成ってゆくのであるが、今の段階で推測するとすれば、そのヒントは・・・・・
この遠征の触れ込みが、飽くまでも張魯(漢中)討伐！とされている事であろう。
決して韓遂・馬超(関中)討伐では無いのである。そこに曹操独自の戦術の妙人の心を読んだ駆け引きの奥儀が隠されていた事は、この後しだいに明らかに成ってゆくのである・・・・
そして、２１１年(建安１６年)３月・・・・遂に曹操は、夏侯淵を呼び戻し、鐘遙に合流させるとエックス作戦の発動を許可した！と同時に曹操みずからの出陣を７月と定めた！！折しもその頃、曹操が狙う漢中に北接する「益州」では、法正の策謀によった【劉備】が、まさに
〔入蜀〕行動を行なっていたのである。
ここへ来て俄然、三国統一志の衆目は、中国西方の漢中・巴蜀の動向に吸い寄せられる事となる・・・・。
西で 核爆弾が 炸裂する！！
【第１６９節】 西の核爆発 (軍神の奥義)→ へ