8月2日
午後一時、仁、美佐子、保美と下諏訪へ 花の後片付けやらで 一緒に行く。サーカスを見たいとの事に、子供は母のお花の用事のうち行っていて、会が終へてから、綿の湯へ入浴に。 夜おそく山大(屋号)で急用あり。子供を寝かせて行くが、案外用事に手間どれてしまい、迎へを受ける。保美泣いて、兄ちゃん おんぶして 外で待っていた。

8月3日
めろめろ云ふが遊びもする。熱を採ってみたら八度五分。病院も日曜なれば、ダイアンシン飲ませて寝らせるが、夜苦しそうで安眠せず。生花会の折も肩へ来てめそめそしたが、構わずに居たが 可哀想。

8月4日
肺炎との事。兄ちゃんにおんぶも、ようようの位で、診てもらって来たが、ペニシリンで効くらしい。夜は安眠せず。

8月6日
昨夜も胸苦しい様子。洗濯たくさん済ませてから病院へ。あまり熱が続くのでよく診て戴いたが、肝臓が腫れているとの事。
絵本で騙して寝床に居る様にする。然し今日は、外で遊ぼうとせず、四時頃眠るが、頻りに 寝言とか うわ言とか 云ふ。苦しそうだ。

8月7日
熱は三十九度一分が夜中まで続く。胸の所を掻き毟る様に大息をしては苦しそう。父母ともまんじりともせず。仁、美佐子、三沢へお墓の草刈りに行って泊って居無い。水枕を嫌がって なかなか やらぬ。
今日昼間、初めて一人でズボンの間の、ちんちの出る所から、一人でちんちを出して、しっこする様になる。

8月8日
しっこが真っ茶色で、とびとび しか出ない。熱は下がってもグズグズめろめろ。夜中もグズグズ安眠せず。

8月9日
今日は朝から病院へと思っていると来客で行かれず。昼過ぎ母、茶の湯の会あり行かれぬので父に連れてって戴く。黄疸との事。大きい注射をして戴く。顔の頬が幾らか赤味を帯びて来た。

8月13日    (お盆)
三沢へお墓詣りに皆で行く。お父ちゃん二時より岡谷公会所合同同級会へ行く。雨が降ったり止んだりの天気だが、夕方迄には大した事なく済む。
七時、さす中(屋号)前にお父ちゃん待って居て下さって皆で、諏訪湖畔へ、とうろう流しを見物に行く。花火の上る最中、保美 ぐうぐう 父に抱かれて 眠りこけ、幾ら 揺すっても 起こしても 駄目。


8月15日   父、立沢行き。夜、第二仲良し組同級会
毎日父に連れて行って戴き、病院での大きい注射に、今日は病院の中へ入らぬと泣く。幸い今日は入浴しても宜しい とのお許し有り。やれやれと思い、夜、下諏訪へ 仁、美佐子と 四人で入浴に、綿の湯へ入る。
一人でゴシゴシ 石鹸つけて、よく 擦るとも 擦るとも。そのうち 頭へ ビタビタ一人で湯をやり、洗ひ出す。そこら中 よい子で洗い、今度は 美佐子の背中まで洗ふ。バスが非常な混み方をしたが、仁ちゃんが往復とも背中におんぶしてくれてよかった。

8月26日
もう此の頃は一人でおちんち出しておしっこする。水を洗面器に汲んでやると一人で可愛らしい手でペロペロと顔を洗ふ。ほんの真ん中だけペロペロだが上手に洗えたと褒めると大得意。小さいハンカチで一人で拭く。


9月1日    
雨、久し振りに雨。畳の上に漏る。畑は大喜びだ。兄、姉と家の中でベースをする。なかなか球を上手に打つ。何でも全て分かっていて、誤魔化せぬ。

9月12日
「おらあ、お兄ちゃんになったら、一人で食べるだい。」
夜中、眠くても、ヨタヨタ歩いても、一人でしっこする。
何でも全て分かる。
ブランコを縄で一寸かけてやる。

9月17日
母、髪を洗ふ。洗濯もするが、あれこれ気世話しいが、お腹がだんだん下へさがるので思ふ様でない。カラリと晴れてよい天気。
朝に海人草のんだのが効いて、二匹大きいの(回虫)が出た保美。

9月18日
毎朝兄ちゃんと姉ちゃんが交替で朝食の用意してくれるので、母大助かり。体がだるくて起きる気力も無い程だ。遠くの方でもうお腹が時々痛むし、足の出が悪く、腹が固く成ってしまふので、いよいよ近いらしい。たらいを洗ったり湯たんぽ出したり、午前中の上々天気の陽に、赤ちゃんの衣類を干す。

9月19日
口が不味い。何を食べても口が不味い。保美も友達が無いので淋しいらしく、クスンクスンと鼻を鳴らす。
好い天気の日に、良い子が産まれますよう、頭のよい、器量のよい、五体満足な丈夫な、一生幸に暮らせる、良い子をと毎日心より念じる。

9月20日
夜中も余り何回もお通じに行く。その度キリキリ痛むが陣痛とのみ思い我慢する。昼頃、主人帰り来たり、心配して様子を見に来て下さった。余り腹痛故、産婆さんに来て診て戴く。陣痛でなく、腸が腫れ上がっていて、その痛みに、湯たんぽ入れて寝て居ると、四時間も五時間も御不浄に行かずに済む。

9月21日   一日、子供に手伝ってもらって床の中。

9月22日
病院へ薬を依頼して戴くと、野口事務長さんの奥さん心配して婦人科の花岡医師を寄越して下さる。

9月26日
美佐子が松本一日旅行の日。五時半起こす。雨なれど支度して出る。保美も早く目覚める。稲荷寿司のお弁当。こちらは大雨で心配だったが、後で松本はほんの少々の降りでよかったとの事。おむつを縫ふが、余り継ぎだらけで、ようよう二枚。米ちゃんが久し振りに来て長く話す。
いよいよ お腹も固く 下がって来た様だ。保美も よい子で 一人遊びの時間も長い。「コブ取りじいさん」 の絵本を 丸暗記して、よく読む。
夕食、食べたい食べたいと思っていたマグロの刺身を、お父ちゃんが極上の美味しい所を求めて来て下さって、嬉しくて嬉しくて舌鼓打ち打ち、久し振りに胸がスッとした。

9月27日
仁が朝食の用意。お父ちゃん上諏訪へ早く御出かけ。保美も早く目覚める。美佐子は、昨日松本行きの疲れでぐっすり。昨夜のマグロの美味しさが胸にあり、気持ちがよい。朝も昨夜の残し分を食べて嬉しい。
ぬくぬく湯たんぽが入って、保美が傍で午前中ぐっすり眠る。午後、晴れ間が出て来たので、白い物や着物、おぶい紐など洗ふ。
子供が行く先々で、母ちゃんお産した? と 皆んなに尋かれる程、皆 案じて居て下さる。井口さん方に依頼して置いた、大鍋の蓋も出来、炬燵やぐらの格子も出来て、赤ちゃん用のお湯を沸かしても冷めぬ様、又おむつを温められる様、格子も出来、万端整って、可愛いい赤ん坊の生まれるのを皆で待って居るのだ。



【日記は此処でプツリと終わる。→翌日、三男(俊朗)誕生ゆえと思われる】

尚、5冊目は未だ半分が残る状態。その5冊目に差し挿まれていた紙片
《28年1月30日》 三輪車 : 横内保美 筆 : 満三歳九ヵ月

【この8年後の9月10日 一一 保美11歳の時、母は急逝した】
 ・・・そして今、保美60歳にして、初めて此の日記を読む・・・嗚呼!!









         
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