3月1日
保美、誕生の地、ここ 本郷 立沢に、いよいよ、さよならを云ふ日が 近づいて 来た。父が 是非々々と 招かれて、(岡谷市立)小井川校へ 御転任なのだ。その時困らぬ様 ぼつぼつ荷造りをするが、片付けるはじ(端)から 保美が色々 めた(どんどん)持ち出し、大散らかしで 仕事が捗らぬ。荷物が 余ほど 沢山になって来ているので 張合が よいが、トラックへ 積めるかしら。
昨夜より土砂降り。この雨の路、通学のえらさを考へ、もごい と 思ふ。
早くから眠いらしく、「おっぱい、おっぱい」 と ねだり、寝かせると一時間ほど眠る。三つの毬で一人遊びを喜んでしている。お馬の真似をして這って歩く。器へおもちゃを持って食べる真似をしているので見ていると、恥ずかしいそうに笑って顔を隠す。鉛筆を持つと、どんな大事な物へでも書き撲ってしまふ。
乳をやめさせようと思ふが、可哀想にも思って 決行できない。乳首を捻ねくる力が 痛くなって困る。 もう、どんな意味でも殆んど解り、発音も割合 はっきり出る。周りが 正しい言葉を言ふので、その影響が多い。
いたづらの激しい保美の為、室が一つきりなので兄姉、勉強が余程さまたげられて、落ち着いてやれぬので 気の毒だ。父も、皆が眠ってから、忙しい三学期の記録を やって いらっしゃる。
御飯を 箸で 上手に食べる。父か 母の横へ、ちょこりと座って食べる。新しい小手帳へ一生懸命くしゃくしゃ塗りたくって、「とてこっこ、とてこっこ」 と云ふ。
仁ちゃん美佐子ちゃんは、学芸会の準備で毎日学校遅い。美佐子ちゃんは猫の遊戯をやると喜んでいる。炬燵へ寝るのに、美佐子は 顔だけ一寸隠して後は すっかり着布団を 撥ね退けて 寝るので、なかなか風邪が治らぬ。
二人とも段々体も大きく成り、殊に美佐子は秋の時よりズボン五寸(15cm)も足りなくなる。兄ちゃんは毎日ボタンを毟ったり、羽織を綻ばせたり、勇ましい事この上なし。


3月2日
お昼食を取ると、玉子をねだり、ちよちゃんの家へ、玉子買いに 行きたがる。
まさしさんの家の縁側で、日当りよいので よく遊ぶ。


3月3日   学芸会の一日
五時、起きなければと思っていると、乳ばかり咥える。何時の間にか父起きて御飯たいて下さるので大助かり。出るのに何時も大騒ぎ。ばたばたばたばた、あれもこれも 皆一度に出掛けるので 目の廻る様。仁に 荷物を持って 一緒に行ってもらふ。途中、出水さんの家で 餅饅頭の出来立てを下さる。時間前に学校へ着く。待ち兼ねた学芸会なので皆三々五々来る、お重を吊る下げて。
美佐子、二回目に出る。猫のダンス。これは割合早く幕に入ってしまふので一寸あっけなかったが、午後の雪やこんこんのダンスは、美佐子一番うまくやれてよかった。兄ちゃんハーモニカ合奏、化学実験。皆出るのを見て嬉しい。
保美母の膝の上に上って、足をぐりぐりさせ乍ら見る。美佐子が舞台に見えたら、「みさ子ちゃん、みさ子ちゃん!」と何十回も大声張り上げて呼び、みんな振り返り見るし困る。大声なので止めさせ様としたら、母の髪の毛をひっ掴んで怒る。そして又 「みさ子ちゃん!」の連発だ。黙らせるのに、やっとだった。割合 よい子で 居てて(居て いて)助かる。
昼食に海苔巻いたお握りを少し食べてから、巻いていった海苔をみんなどれも皮を剥いて、海苔を むしゃむしゃ食べている。後ろ向きで見物人を見て、「いっぱい、たんと、たんと」 と云って、指を さし廻す。
おしっこも上手にまるし、よい時間にやって、兎に角、終わり迄よく見へてよかった。 夜、さゆりさん方へ 入浴に呼ばれる。母と共に入る。 広い家の中を、
どんどん 飛んで歩いて 大騒ぎ。おばちゃんに 着せてもらふ。


3月4日
父が休みなので二階へ行き、片づけして下さるので一緒に保美も行き、とんとんとんとん、と飛び歩き、藁を 方々へ 散らかしたり、枕の糠を散らかしたり大騒ぎ。片付けに ならぬ程。
「父ちゃん、いいか?いいか?」と 保美が聞くので、ろくに保美の方を見ず、「いいよ」と答えたら、傘の柄の先のロクローが付いたので、頭を力一杯なぐられて、お父ちゃんは気絶しそうになったが、「あ痛いたたたた・・・」 と云ふと、ゲラゲラ笑って喜んで居た由。いつまでも頭が痛くて困っていたが、「いいよ」 と返事を して しまったので 怒れないし、後で大笑い。
来客に、「おきゅうじ、おきゅうじ」 と、お給仕を したがる。


3月5日
仁兄ちゃんの誕生記念日。何か御馳走して祝ってやろうと思ったけれど、他の用事が有り、組合まで買出しに行くのもえらいので、玉子焼きでもして、何か有り合わせの物をこしらへて、その代わり卒業式には御祝ひをして上げようと考えて居ると、帰宅してから直ぐ、「何か美味しい物ない」とプンプン。それは憎らしい態度を取り、憎い口をきいて、つい母を怒らせる。この性質を、よく祖父に似ている事を淋しく思い、もう誕生日の御祝ひは抜きにしてしまふ。
昼間、さゆりさん方へ行って来る。夜、生花会あり。そっと抜け出して行く。


3月6日
朝から、今日は もう 乳を やめさよう と考へる。前々からの決行が、なかなか母の方で可哀想に思へて、延び延びにしていたのだ。学芸会にもよい子で過ごしたし、いよいよ今日は夕刻からやろうと心づもりしていると、停電なのでやめて、明日に延ばす。
夜中に、おしっこに起きて、提灯つけたのを自分の手で、しっかり持って、おしっこする。

※ (4冊目は此処で突然に終わる。未だ半分以上の頁を残した儘。但し5冊目は、翌日から又続けられてゆく。) 此れよりは【5冊目】↓


3月7日   《いよいよ離乳を決行!》
1年11ヶ月近くまで 呑み続けた乳を、いよいよ今朝より 離す事に決心する。母の方の決心が なかなか着かぬので、延々になっていたのだ。仁兄ちゃん美佐子姉ちゃんは、もっと幾月も前にやめてしまった訳だった。 昨夜、仁兄ちゃんが墨をすって乳へ塗る用意をして置いたのを、朝飯前、仁兄ちゃんに乳へ黒く、まみえ(眉毛)と目と 棒を真中へ ずっと長く 書いてもらって措く。

「おっぱい!」と傍へ寄って来た時、「ほら、ばばいよ。」と乳を広げて見せると、顔をしかめて「ばばい?」と見て、掌でそっと黒い所を触ってみる。
乳首を 口に入れると困ると思い、百草薬を溶かしたのを 塗ってあるが、手で触ってみて、「ばばい」 と やめてしまふ。それでもう、朝飯の用意があるので、それに紛れる。仁ちゃんも美佐子ちゃんも 「おっぱい、ばばいね」と云ふと、
「ばばい、ばばい」 と 顔をしかめて云っている。
何もお騙し(気そらし)の物が無いので、お餅を付け焼きにして 炬燵へ入れて置く。丁度パン屋が来て、飴 と ヌガー と あんぱん を 買ふ。
今まで飲まなかった ミルク (粉ミルク)を溶いてやると、「ひとり、ひとり!」 と 自分で持って一匙づつ掬って飲んで、「おいしかった」 と云って茶碗を置く。

何時もゴクゴク呑んで寝る乳を呑まずにの昼寝は、寝せつけるのに心配だったが、然程でもなくてよかった。何だか乳なしなので淋しいらしく懐をモソモソ探り、泣いたりしたが、子守唄で眠る。
二時間ぐっすり眠り、起きた時も、とてもよい子で起きて、ほんとうに性のよい子だと思ふ。母を困らせず、後は一人遊びをしたり、時たま、「おんも、とと、みゆ」 と 庭へ出たがり、とり(鶏=とと)を見に(みゆ)行く。
ミルクを二度飲ませたが喜んで飲む。
夜は父の所で寝せてもらったが間もなく母の所へ来て眠るが、乳を思い出して 「あんま」 「あんま」と 手で乳首を掴み、時々泣いて 安眠出来ぬらしい。
足を母の膝に掛けて寝る。その状態(格好)で居たら、父は「体が痛い痛い」と悲鳴をあげるので、さんざん抱いて寝たい と 口癖に云って居て、
「ぎゅうひ餅:(和菓子=求肥餅)の様に 柔かい肌を、抱いて 寝られる人は
いいこんだ(羨ましい事だ)」 と 仰っていたことは 何処へか忘れたよう。
夜も、つと起きて何か食べたがって、ごた 云ふのかと、枕許へパンやミルク等用意して 炬燵の中へ瓶に詰めて湯を入れて措いたが、いらないと何も口にせず。


3月8日
無事に 一夜は 明けた。乳が張って来て 痛いのに、寝て居て 乳首を びいんびいん と 弾いたり 弄ったりするので、痛さに冷汗が出そう。
お父ちゃん気を利かせて早く起きて火を焚いて下さる。目を覚ましてよい子で父と(火に)当たって遊ぶ。
時には思い出して「おっぱい」と云ふが、ばばいと云ふと、やめてしまふ。二階で遊んだりした時、又ひょっと「おっぱ・」と云ひ掛けて母の顔を見て「ぱい」をやめて可愛い頬を膨らまして「・・ぱい」を噛み殺して、にこにこ笑いながら母の顔を見る。母の方が可哀想になり 泣けてしまいそう。
昼寝の時、玉子を手に持っていたのを、壊していけぬと母が手から取ってしまったので、気に入らぬと大声で喚いて泣く。眠いのと乳のない恋しさが一緒に来たらしい。本を見せて、「お馬も自動車も 泣かないよ」と 騙すと 泣きやみ、
本を見ながら 子守唄で、母の懐に 顔を伏せて眠る。
夜、父宿直。遅くまで遊び眠らうとすると、来客にて目覚め、一人でいたずらして歩いて十時近く頃、母の膝にもぐって丸くなってすやすや眠ってしまふ。
夜中、一度おしっこした過ぎ、三分ほど大声で泣いたが眠る。


3月9日
「美佐子ちゃん」と姉を呼んで起きる。よい子で目覚めてよかった。母の方が乳が張って切無い。時々懐へ手を入れて乳首をギュッと握ったり、ひん毟る様にしてみるが、すぐやめる。
夜、生花会に行くのにも母も安心。よい子で父と眠っていた。


3月11日
正月より御年始呼びをと思いに思って居たが、ようよう今日は呼ぶ事になる。父に子守をお願いして、母御馳走の用意をする。昨夜も羊羹(水羊羹)に色を着けようとすると、食紅を沢山こぼして母の指やたっつけ(もんぺ)真っ赤になる。火を焚く処へ来て危ないし、水はどんどん汲み出して溢して歩く。煮物は突いてみる。箸はザラザラ出して撒き歩く。一寸の油断も隙も無く、とうとう外へ 父に 負ぶい出して 子守る。
沢山御馳走して先ず昼食には武徳様方大勢よぶ。大勢みえて保美大喜び。父、御馳走を引っくり返さぬ様、注意して子守って下さるのに、やっとこの様。でも色々食べると よい子になり、よく遊ぶ。
一日中、他の近所のおばさん方も呼んで、夜遅く迄 お客をする。
保美がひょうきんをするので、芝居を見に行くより面白いと 大笑いしている。
「保美ちゃん何処へ行ったかな?」 と云ふと、慌てて父の陰に隠れて、そっと顔を出して 「あっち、あっち」 と 指をさして、保美の居無い事を知らせるので尚おかしいと 皆で笑ふ。皆帰るまで起きて居て、「あば あば」 する。
思いに 思って居た 御客 が 済んで、ほっと 一安心 した。
夜、何も 一寸も 欲しがらず、よく ぐっすり眠る。


3月12日
午後、水野さん突然、三日ほど生花を教へてと来る。丁度ぼろばたを織ってもらふので、ぼろほのき(ボロ解き)をして居ると来るので、それはそっち退け、生花をやる。狭い室で、生花を折角さすと、保美が其れを掴まへたり壊したりしてしまふので、そうさせぬよう子守で一苦労。子供を持たぬ若い人なので、どんな察しも無いので、長く居られる人は、とても母も保美も容易でない。
夜 公民館へ生花会に行って来たら 母の懐の様に 父に抱かれて寝ている。

♪ぼろ=ボロ布、古着→〔ぼろばた〕:古着を織り直した反物。〔ぼろほのき〕:古布を解いて糸に戻す作業。


3月13日
また生花をやりに姉ちゃん見えるので、狭い家を片付けるのにやっとだ。自分の仕事を犠牲にして、ぼろほのきは五味ばあさんに頼み、子守する。忙しいので保美の食べ物をいきなり(いい加減・雑)にするので腹が変調子な所為か、黙ってたっつけ(もんぺ)の中へ大便まり込む。
久しぶりの保美は、さゆりさん方で入浴だ。父と共に入る。 母の乳を見て、
「あった、あった!」 と喜ぶが、呑めないので 母の太ももを ギュッとつねる。


3月14日
昼食弁当を水野さんと一緒に使ふ時、水野さんのおかぞ(おかず)に、せんずるめが有ったら、自分の御飯を出して「それ、それ」と、すまして茶碗を差し出すので、水野さんが分けて下さる。また慌てて食べて、又出す。とうとう水野さんのを半分以上ねだってしまふ。
急須をビタビタさせてお茶を注ぐやら、箸はザラザラいたづらする。豆の中へ手を突っ込む。母冷汗が出る。
乳が張るのを庭へ嫌々しぼって飛ばせる傍で見て居て、「ばばい、ばばい」。又「ぱいするの」と云ふと、「ばばいで、ぱい」と云って、とてもよい子で見て居るので可哀想だが、こんなに楽にやめられようとは思はなかった。夜も何一つ水一滴も欲しがらず眠る楽な子。玉子をうでて(茹でて)やると喜んで自分のを食べてしまって、姉ちゃんが口へ入れ様としているのを分取ってしまふ。


3月16日
靴を履いて、わかちゃん家までぼろ背負って行って来る。とんとん、とんとん先へ立って元気がいい。あひるを先日みた所へ来たら、「があがあ、いない」あひるいないと見ている。ぼろばたを二反仕上げてもらふ。昼食に二人、ぼろほのきと、織ったおばさん呼ぶと、みっちゃんが連れられて来て遊ぶ。
美佐子、帰りが早く外で子守してもらい、元気で外で遊ぶ。夕刻までよい子で遊ぶ。 さかなの事を 「さなか、さなか」 と 云ふので 母わからぬと、口へ手をやって 口を叩くので、やっと解る。・・・さなか、さかな。


3月17日
お父様、小井川校へ御転任になるので、家の心配に岡谷へ出掛けて下さる。姉ちゃんが家に居るので、朝からお子守で靴を履いて外で遊ぶ。母、引越しの色々の用意で大忙し。十一時半、小井川惣代・丸房様より、家が見つかった由の便り来る。家の見つかると思へば、いよいよ引越し気懸りとなる。
父、夕刻 早目に お疲れになって お帰り。パンを お土産で おいしそう。
咳が出る。変調子の天候。


3月18日
又、いも一度(もう一度)お願いして、疲れたお父ちゃん、岡谷へ、家の用件で行って下さる。
水桶が もうる(漏る)ので バケツへ入れて置くと、水を ビタビタ 家中まき歩く。長靴の中へ水を汲み込む。ひしゃくを持ち歩き、とんとん何処でも叩く。お勝手の物を持っていたづらする。昨日は玉子をすっかり溢して母に睨まれ、美佐子の所へ行って 抱かれて眠ってしまふ。
げんのしょうこを、よく煎じて呑ませる。便がやわらかい。


3月19日
林檎屋のおじさん、「大きく成ったね」。母、「いたづらが偉くて困ってしまふ」と云ふと、急に母をぶつ様子をして、母の後へべそかいて隠れて、そのうち、とても悲しそうに泣き出してしまふ。云ふ意味がよく解るのだ。
母、「ごめんごめん、いい子だったのにね」 と あやまる。
ひしゃくで、寝ている熱のある仁兄の頭を、こぶの出来る程しっかり叩いて、兄泣き出す。顔が少し小さく締まって来た感じがする。
・・・ごむ。兄ちゃん。やしちゃん。


3月20日
夜中、父の足で押しこくられ(押しくられ)て背中に触られたら、「だれだァ」って大きい声で云って、母の顔を見て にこにこ笑ふ。
ポッポポ ハトポッポ マメ コイ など歌を唄ふ。ラジオに合せて踊る。静かなメロディーの時は 静かに 拍子合わせる。


3月21日
森お母様の御不幸の日だ。一体なら、家中で行かねばならぬ所だけれど朝寒く、保美咳がひどく出るので父だけ行く。外で飛び歩くので、美佐子が疲れて、子守を嫌がる。「これ何?」と 何でも指さして「これなに?」と さかんに訊く。返事をせねば 云うまで 何回でも 「これ何?」の連発だ。
母、今は一日中、森のお母様の事を考へて 心が重く 悲しかった。


3月22日
みな学校へ出て行ってしまふと、「おんも、おんも」と外へ出たがり、靴を履かせると、とんとん何処へでも飛び出して行ってしまふ。石の段を平気で手離しでどんどん下りて行く。母追っかけきれない。後を追ふときゃあきゃあ言って逃げる。美佐子が疲れて嫌がる訳だ。
貞行さんが弁当つかふ時、おかずに豆が入っていたら、自分の弁当を持って行って、「豆、豆、豆」とねだって、みんな頂いてしまふ。鍋を持ち出すやら、茶碗を持ち出すやら大騒ぎにして遊ぶ。


3月29日   【いよいよ本郷とお別れの日】
昨日まで 土砂降りの天気が 段々よくなり、朝早く、正治様が手伝いに 来て下さる。電話の打合せがよく出来無かったので仁兄ちゃん局へ飛ぶ。幸い、もうトラックに乗って出発して、もう着く頃と云ふ。
あちこちから皆手伝いに来て下さり大騒ぎ。父母共に朝飯食べる隙も無い。お別れに 餞別持って来て下さる人が、引っ切り無しに幾日も続く。
トラック、十時少し過ぎ着。皆でどんどん手伝って戴く。心配していた沢山の薪もすっかり荷物の上に、よく載せてもらふ。一安心した。大やで赤飯たいて運転手、助手、小口貞行、堀好人、下田啓一、井口直二君と家中で御馳走になり、十二時半 出発。近所中 見送り。
途中、手屋の所で 運送(運搬用荷車:大八車)を 深さんが 引いて下さって乗る。保美は、ひさしさんに おんぶして一緒に車に乗る。

村の家々から皆 出て 見送って下さる。後ろから、駅まで付いて来て下さる。もう 皆のお情けの厚さに、泣けて泣けて、後から 泪でかすんで、辺り も見へなかった。ぞろぞろ お祭りの様に 付いて来て下さる。 又 駅へ出る道では、
「今日は何様のお見送りで?」 と 人が訊く。乙事からも皆、駅へ出て下さって居た。もう 余りの人で、呆然 と して しまふ 程でした。汽車へ乗って発車間際に、佐久先生、三浦先生も飛び付けて下さる。もう嬉しくて泣けて、皆の顔が見えなかった。窓を開けると、こちらの方の土手にも、皆 待って居て下さる。

泣いて別れを惜しんで下さる 嬉しさ。又父の力の偉かった事、村の人々に、こんなにも惜しがってもらへた事、父の全力を挙げて 村に尽くしたお陰だと思ふ。父の教へ子二組、その父兄、仁の同級生、美佐子の同級生、母の生花の生徒と、こんなに賑やかな見送りだった。

幸い天気も好く、荷物もすっかり積み、薪も 二百把以上も 積んで来れて、
本当によかった。途中、下諏訪にて、バスの窓からトラックを見て過ぎる。

小井川の家に着いて、初めて見る。思いの外広く、住みよさそうなので、ほっとする。十分位おくれて トラック来る。どんどん降ろし 縄を切る。炬燵へ火を入れ、ご飯を炊き、夕食の用意。前で(マエデで1語=前)の家で 茶を入れてもらい、トラックの人にやる。夕食も賑やかく、もう来た事を聞き付けて 来て下さる方もあり、第一日から大賑やか。皆遅くまで居て お帰りになってから、
保美は、「やすちゃんも、おうち帰る。汽車のって、ぶうぶう乗って、おうちへ帰る」 と、母の背中に廻って来て泣く。おんぶしても、「おうちへ帰る」 と 云って泣いて、夜中まで泣く。床に入れてからも時々目を覚まして、「おうちへ帰る」 と 泣く。幼い、何も知らぬ保美が 一番 悲しかった。
とにかく一安心して 第一夜を 迎へた。


3月31日
まだ保美、「お家へ帰る、お家へ帰る」 と泣く。机の周りを一人で廻りながら、「とも、たか、よういどん!」 と云いながら、どんどん一人で机の周りを飛ぶ。
幼い頭の中で、友ちゃん・高ちゃんを描いている・・・のかしら、泪が出る。
それ過ぎも時々、「とも、たか、そうじ、よういどん」 と云ふ。美佐子は 本郷で組中で撮って戴いた写真を見て泣く。可哀想。 「すぐ本郷へ連れてって」 と泣いて、母も可哀想で 泣いてしまふ。















         
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