4月1日
針仕事しようと、針箱を取り出すと、猛然と 突進して、取りに来る。あちらへ
廻せば あちらへ、こちらへやれば こちらへ、どんどん 這って 取りに来て、
危なくて仕方ない。結局ろくな仕事も出来ないが夜なべにニ、三種類縫ふ。
夜も さびしい 二人きり。雨で びしゃびしゃ 一日中降り、お客に呼ばれた
お父ちゃん方は、きっと一日中 御馳走に なっている事でせう (しょう)。
人が居ないと さびしいのか、めろめろ めろめろ する。


4月2日
よい天気。御柱(おんばしら)日和となり、やれやれよかったなあと思ふ。
 《♪御柱:7年に1度の諏訪大社の大祭礼:日本3大奇祭のひとつ♪》
夕刻元気でみんなお帰り。神之原から歩き通して帰って 疲れたでせう。
急に賑やかに。お土産 いろいろ 広げるやら、話をするやら 大騒ぎ。
保美も きゃあきゃあ云って、兄ちゃん姉ちゃんの持って来た美しい おんべ(御柱を引く際に、軍配の様に振って、景気付けする御幣)を 嬉しそうに振り回したり、千切ったり。 お赤飯やら、お饅頭やら、お野菜やら、左千夫 叔父ちゃんの家の 御持て成しを 母もいただく。


4月3日
今日より 新学期はじまる。丁度お赤飯もあり、いろいろあり御祝いとなる。皆今年も一年中元気でよい子で勉強出来ますよう祈る。 保美ちゃんはお腹が空くのか、乳ばかりでは駄目で、御飯を与えないと御機嫌が悪い。
兄ちゃんは昨夜疲れ切っていたのに又学校から帰って来て、大息きって飛んで来て、木落し(:御柱最大の見せ場)見に行くと言ふので、体を案じてよい返事が出来ないが、どうでも行くと言ふので、大急ぎ稲荷寿しの皮が丁度煮てあったので、それを作ってやり、友達と木落し見に茅野まで行って、夕刻、明るいうちに帰る。 保美まだ咳が ごほんごほん夜中に出るので、仁の帰りに薬を鮎沢さんからもらって来る。
♪♪木落とし=崖の如き急坂を、御柱に跨った 命知らずな者達を乗せた儘 縦方向に引き落とす。丸い巨木だから、途中で揺れて下敷きとなり、死人が出る場合すら有る、勇壮かつ粋狂な 男どもの 晴れ舞台♪♪)


4月6日
仁兄ちゃんが新しい算数帳出して一生懸命お勉強していると、くいっと可愛い手を出してビリッと破ってしまふ。兄ちゃんが切なくて泣き出したら、それを見ていて、にっこり笑うこと。いかにも嬉しそう。つい母も笑ってしまったら、仁兄ちゃん怒ること。大声で、大の字なりになって、村中にひびき渡る様な声で泣き喚いて怒る。保美は平気。
下の左側の三枚目の歯、ほんのちょっぴり膨れはじめた。


4月9日
夜こもりやにて生花会あり母出席するのに、保美をお父ちゃんにお願いしてやって来る。十一時すぎ帰るまで、疲れたお父ちゃんお守が大変。来てみたら一眠りして目をあいていた。白い上着の袖口が切れるのが変だと思ったら、口へ咥えて引っ張って破ってしまふのが分った。
「あわあわ あわわ」、「へへっ」、「 わいわい わいわい」 などと大声でどなる。足も太く、だんだん力強くなってくる。
美佐子、寝がけの言の葉
「お母ちゃん、みさ子ねんねする時、何が一番心配か知っている? それはねえ、お父ちゃんがあんまり遅い時は、お川へ落ちたんじゃないかと心配になって眠れない。 その次はねえ、外へ出した薪の燃えたのが消えないで、火事になっちゃあいけないと思って心配になる。」
母が考え込んだ顔をしていると、「母ちゃん、どうした」と心配する。
仁。何か訊いてもじっと黙りこくってしまって、なかなか返事をしない。思っていることを、もっとはっきり言ふようにしたいものだ。


4月11日
縁側の先へ、布団の上へ寝せて置いて理髪する。すっかり 後ろ迄やるのに半日位かかってしまふ。もうクイクイ 頭を動かすので危なくて仕方がない。
白いフケを油で拭いてやっても、その時ばかりで直き白くなる。
お父ちゃん御出勤の時、「行ってらっしゃい。おはやく」と言ふと、父が遠くへ行って見えなくなった頃さかんに、ぺこぺこ頭を下げる。
両手でぴしょぴしょ好い音を立てて手を叩く。 美佐子が 「おんぶ」と云ふと、初めて背へ手を出して、まあこ(赤ちゃん語:おんぶ)する。
本棚の本の重いのを、みんな 遠くへ 放り投げて落す。背中へ おんぶすると、足を抜いてしまって、下へおりたがり 危なくて仕方がない。
もうぢき御誕生記念日が来るので大やへお餅を突いて戴くようお願いする。何彼と御馳走の用意も急に出来ないので、ぼつぼつする。


4月12日
夜お父ちゃん、靴擦れの傷からばい菌が入って、えのぐが足の付け根の所へ出てしまふ。昼間いろいろ十四日の御馳走の下ごしらへを夜遅くまでやる。


4月13日
早くから十四日の来客招く用意に大忙し。子守ながら、なかなかやれない。お父ちゃんの足が痛くて学校を欠勤なさる。保美がこちらの座敷で遊ぶのを見て居て下さる。「折角うとうと眠ったら、ラッパを持っていて、力まかせに顔を叩かれて、泣きたかった」とおっしゃる。お父ちゃんに見て戴いたので、だんだんに御馳走の用意が出来てよかった。
夜は大やでお湯を呼んで下さったので行く。母ちゃんが一緒に入れて、よく洗ってやる。とても入浴が好きだ。着物はたけ子おばさんに着せて戴く。大やの板の間が広いので、ぴたぴたぴたぴた這い歩く。
餅米、ひるま洗って冷やかして大やへ頼んでくる。



4月14日  満1歳 お誕生記念日  体重 二メ三百九十一匁(8、97kg)。
      歯上四本 下三本。伝い歩き。這ふ。手を離して立って居る。

よく晴れている。午後公民館にツベルクリン反応の注射ある故早昼の用意に忙しい。保美二階でお父ちゃんにお守して戴く。今日も足のえのぐが痛むので欠勤。丁度保美にとってはお父ちゃんも居て下さって賑やかで好い日だ。
十一時、大や、正三さ、和臣さと三軒をお招きする。ぼたぼた、あんころ餅を大やで ぺったん ぺったん 突いて戴く。昼食は十人の来客。

皆様にお餅を召し上がって戴いてから、保美よい着物に着替えて顔ふいて、お重へ詰めたお餅を み (箕)の中へ入って、しょう (背負う)。
一番先、みの中へ、えんこ させると嬉しそう。お餅や御馳走の御膳を 保美に上げると、お餅を少し食べる。 みんなに見て居られながら、お重のお餅を横しょいに背負ふ。大やのおばあちゃんが”み”を持ち上げて、口の中で何か唱えながら、ユサユサ大きく揺すったので、保美びっくりして泣き出して、儀式は目出度く終る。お父ちゃんも嬉しそうに見ていらっしゃる。

公民館へ行く時間が来たので皆おかへり。三時頃、母も保美を連れて行く。なかなか混雑していた。局へ戻って保美誕生記念に 定額預金をして金壱千円也 入れる。 組合で するめと林檎を 買って帰る。兄ちゃん今日映画見ず早く帰って来てお手伝いする。お産婆さんへ一重お餅と、とり肴を持って行ってもらふ。夜、今度は何時も厄介になる家のおばさん方をお招きする。
夜は六人。美味しいライスカレーの夕食。十時迄お話している。保美は二階でお父ちゃんにお守をお願いして、夜遅くにおんりして、そこら中かき廻して遅くまで目をさましていた。仁、美佐子もよく手伝ふ。二人が学校から帰るのを待ちかねて子守してもらい仕事がようようと出来るのだ。

とにかく御誕生記念日の第一回は盛大なお客をして、皆様に祝って戴いて嬉しかった。保美の物事に恵まれて生れて来た事を思ひ、感謝をささげる。

 ※ (2冊目、ぴったり此の頁で終了。3冊目以降へと続く。)








         
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