【7月1日】
七月の声をきくと夏らしいのに、朝夕の涼しさに、炬燵が放せない。
顔のぼつぼつが、なかなか減らない。今日も便が何度も出て心配だ。
本郷村の「まんが洗ひ」(祭礼)で、方々で餅つく音が聞こえる。
(※マンガとは、かつて(大正時代まで)使っていた”稲扱き用具”の呼び名。予めマンガを洗い清め、秋の豊作を願う祭礼と想われる。)
大やからお重(重箱)へ、黄な粉のお餅を戴く。
お生花習いに、みな子さんが来て又 お餅と白絹の涎れ掛を保美に下さる。
背中にいると よく ぐっすりと眠る。
手をちゅうちゅう吸いたいのか、両袖を顔の上へ持って行って袖をちゅうちゅう吸ふ。よい子でいると思ふと、ちゅうちゅう吸っている。28日に白いガーゼで 蚊帳を縫ってやったが、小さいし 思ふ様に吊れないので 何時の間にか袖を動かして顔の上にガーゼを乗せて ひゃあひゃあ 言っている。
機嫌のよい時は小さい可愛い舌をちょろんと出して、へろへろ へちゃへちゃしながら、いい顔をして辺りを見回している。
食べてしまいたい程可愛くなって来た。
学校より 保美の分娩費と 哺育費が 共済組合より 戴いたのがあり、戴いた。
有難いことだ。これも こうしてお父ちゃんがお勤めして御苦労して下さる御陰様だ。金参千七百参拾五円也、だ。産婆さんへは料金八百円也の規定で、そのうえ金五百円。何度も来て診察料として差し上げた訳だ。
【7月2日】 一メ三百三十一匁(4991g)
お父さんの 今日は 誕生記念日。 保美は 丁度 八十日目。大やのポンドで
目方を はかる。
夜は大やへ入浴にお父ちゃんに抱かれて行き、母と入る。たけ子おばさんが着物の着せ替えをして下さる。夜はぐっすり よく眠った。
【7月6日】
夜さゆりさん方へ入浴に。ぬるい湯へ長く入る。さゆりさんのお母さんに着せ替えてもらい、いい気持ちだ。外の空気はひやりと寒い高原地だ。
【7月7日】
雨の日が二日も続くと大変だ。おむつが乾かぬので困る上に、ここ四五日はおむつ取り替える度毎いやな便が出ていて困る。胃腸薬を買って来て戴いて飲ませても なかなか よくならず、母も げんのしょうこ を 濃く煎じて、乳をよい乳にして呑ませるが、いくらか遠のいては来たが 思ふ様でない。
此の頃一人で袖から小っちゃい白い可愛い手を出してチュウチュウ吸ったり、又やたらにそこ等を突付いたり、頭をカリカリ掻いたりする様になる。乳を呑みながら、一寸吸ふと 口を離して 首を向こうへむけて、一寸又吸って 又口を離して 何度でもやる。 まるで ふざけて やる様だ。
美佐子におぶわせても、母ちゃんがおんぶしても、首が後へ ぐたんと垂れる様で 苦しそうでも、それでも よく背中では 眠ってしまふ。
今日は 天気がよくなる らしい。七夕様の日だ。五時頃、背中から下ろすと、
おしっこ やっていないので、外で やってやると 五分ばかり じっと、まらない
(♪大小便をする事を”まる”と言う♪)で居たが、そのうち、小さい ちんちが
ふくらんで、高く とんとん とんとん とんとん と、お志っこをする。
一度とまって又 とんとん とんとん とんとん と 三回に まる。かなりの量だ。
母すっかり嬉しくなって、しんから保美のおりこうなのに可愛くなる。
「おりこうね、おりこう おりこう」 と、頭を さすってやる。又 夕方やってやると、まる。お尻を 手の平で 静かに さすってやると 気持ちよさそうだ。 仁が帰って来たので、「保美が おしっこやったよ」と、おしっこの水の跡を見せる。
定額貯金をする。仁、美佐子、各五百円、保美壱千円也。
お父ちゃん乙事(おっこと:隣り村)の祇園祭りに招かれて、遅くよい御機嫌でおみやげ戴いて帰宅。
【7月8日】 美佐子、昨夜乙事のぎをん祭りに友達の家に呼ばれて泊る。
【7月10日】
夜、正三さん方へ入浴に。父に抱かれて野天風呂に入る。母と二人で洗ふ。お父ちゃん、おっかなそう(怖そう)だけれど、汗を たらたら流しながら 入れて下さる。ぐっすりよく眠る。
【7月11日】
今夜も又正三さん方へ、母と二人で入浴に。真夏だと言ふのに、高原の夜は冷えて風が冷え冷えと応える。まさちゃんのおばあちゃんに裸にしてもらふ。どこか痛むかと 気をつけて見るが、どうでもないらしい。 それは夕方、
美佐子が保美をおんぶして、兎の箱を伏せて、上り下りしていた所から、足を踏み滑らせて、箱を向こうへ引っくり返し、保美がおんぶのまま下になり、美佐子は 身動き出来ず の 状態になる。
その叫ぶ泣き声、きゃあとかぎゃあぎゃあとか形容出来ない叫び声を上げて急に泣き出すので、座敷に居た母と仁は真っ蒼になって飛んで行き、すぐ起して 保美をだき抱えて 擦ってみる。
保美は別に泣きもせず、きょとんとした顔をしている。どこも打ったふしもなく、ほんとうに助かったと、ああよかったと神に祈りたくなった。仁と母と顔を見合わせて、その真っ蒼なのにお互におかしくなり笑ひ出す。が母の胸の動悸と体がびっくりして震えてしまって、なかなか止まない。
美佐子は痛くて泣いたのかときくと、そうでなく、保美がどうかなってしまったかと、びっくりし過ぎて 大声で泣いた由。でも 足の向こう脛 を黒づませて、
夜になり 痛み出して、泣き寝入りに 眠ってしまふ。
心配したが、みんな何事もなく眠って やれやれ と思ふ。入浴した為か、朝方まで 保美 ぐっすり眠る。
【7月12日】
ふくれたちんちしていたので、ちゃっと おしっこ外でやってやろうと、おむつを取らうとすると便で汚れているので拭いていると、足を持ち上げているうち、しゃあっ とんとんとん と放尿する。さあ大変。先が斜め上へ向いていたので顔の上に じゃあ じゃあ。あれあれ と言ふ間に 自分のお顔が しっこだらけ。
びっくりした様な顔をして、すましている。大急ぎ 拭いてやるが、母は おかしくて 一人で 大笑ひ。きれいな 美しい お小水ゆえ、薬になって よいかも 知れない。大傑作だった。
もう此の頃は、お手々を ちゅうちゅう 音を立てて吸ふ。が上手に手を動かせないので、自分の指で顔の何処でも突付いて爪を一寸も伸ばしておけない。蝿の多い所で 家畜があるので、眠っている 顔へ、もり もり 付いてしまって、
一寸も 油断が ならない。
【7月13日】
便がおむつ取り替える度毎出る。びいびいと大きな音を立てては沢山出るかと思ふとさにあらず。青いのめに豆腐の糟の様な便で心配でたまらぬ。
小井川(おいかわ:岡谷市)の小口貞行君、一番列車で来り、御祝を下さる。夏の涼しそうな帽子だ。それにクローム製の大きい音のよい鈴の付いている吹くとハーモニカの様な音を立てるおもちゃを手に握らせて下さる。
便が悪いので産婆さんに行って診て来たいと思ったが、丁度ご来客で駄目。
【7月14日】 晴 体重、3ヶ月目、壱メ四百五十一匁(5441g)
今日で丁度三月になる。よほど目がはっきり。昨夜はよく眠り、今朝は四時頃、目をあいて 一人で きょろきょろ して、声を立てて 笑っている。お手々が おいしそうだ。ちゅうちゅう ちゅうちゅう。
夕刻、仁に 産婆さんの所へ お留守かどうか 自転車で一走りしてもらい 丁度ご在宅との事に、保美を連れて行く。夕方の高原は気持ちよい。
便を見て戴いたり目方を測って戴く。母の足も診てもらふ。どうも脚気らしい。救命丸をくれたり、母が脚気の薬を飲むようにとの事。お兄ちゃんが待って居てくれて一緒に帰る。途中、坂からひょこんとお父ちゃんと三浦先生と御帰りの途中で一緒になり連れ立って帰る。
【7月22日】 (生後100日目) 壱メ五百三十八匁(5767g)
丁度百日目。体重大やのポンドで測る。本郷では百日目に”食初め”をする由なれど、皆学校で淋しいので明日にする。原村では百一日目との事。三沢(母の実家)にては百十日目との事。
【7月23日】 保美 百一日目にて今日、【食初め】の御祝をする。
お父ちゃん委員会で上諏訪へ御出張。仁兄ちゃんは母ちゃんのお花の御用で席札を持ちに三沢へ行き、夕刻お祝いに間に合うよう帰宅。
東京よりお土産の、赤い可愛らしいお椀と、黒塗りのお椀。箸は竹で作った箸入れと揃いの箸。河原から、きれいな小石を、兄ちゃんが拾って来てくれたのをお皿に五個。これは石まで噛めるよう、丈夫な歯と体とに育つよう、よき縁起のしるし。赤いお盆の上を高膳として、いろいろと沢山おいしい御馳走が並ぶ。おはぎも作る。並びきれない程いろいろの御馳走を並べて母ちゃんに抱かれて座る。
家中のおめでたうのうちに、保美は初めて御飯と御汁と、いろいろを味をみるよう箸の先に口の中で味をみる。皆にこにこ、保美も祝福されてよい顔をしている。それから又みんなで、お父ちゃんの買って来て下さった肉で、すき焼き鍋を突付いておいしく 保美のお祝いをする。
昼間は大やのおばあちゃんをお呼びして来て、おはぎを御馳走して、保美のお祝いをする。夕方から早めに家中のお祝いをした。
一生涯、長生きして健康で幸福で、よき食物を沢山おいしく戴けるよう、心より神様にお願ひする。
【7月24日】
二階に居ても聞こえる程大きい声を出して話をするのに驚く。ほうん ほうん と 盛んに 話す ように なる。
【7月27日】
奉納生花会(彼女が立ち上げた諏訪大社でのイベント:下諏訪町)が迫ったので、いよいよ山を下る。三沢(岡谷市川岸)のお祖父ちゃん、お祖母ちゃんさぞやお待ちかね。早く保美を見たがって居たし、母も一日も早く見て戴きたいと、よい男の子を得たので鼻が高く、いばって行ける訳だ。
九時で行こうと思ったが、おむつ洗ひや 後片付けやらで 十一時になって
しまったが、何と久しぶりに 山を下る 母だ。
保美は 汽車に乗っても 初めてだったが、恐がりもせず、下ろして膝の上で
きょろきょろと 頻りに 辺りを見回している。
山を下る頃は霧が巻いていたが、下は暑くて良い天気。
三沢の家(母の実家:丸ヨの屋号を持つ製糸工場だった)へ行く足も嬉しい足音だ。背中の保美もよい子だ。
三沢へ行くと待ちかねたお祖母ちゃんが出て来て、
「おお おお保美か保美か」と、背中からもぎ取られる様に抱かれる。
「お祖父ちゃん今日は。保美が来ました」と、お祖父ちゃんも大喜び。
「やいやい、こりゃあ大きくていい子だなあ」と、
お祖父ちゃん と お祖母ちゃん 大喜び。
ごろりの布団の上にねんねすると直ぐ大きい声で、ほうんほうんほうんと盛んにお話をするので尚「よい子だ、よい子だ」と連発だ。
いつもよい子だが今日は尚よい子で、大きい声でお話しする。夜もよくねんねする。蚊帳の中に寝ていると、夜中でも お祖父ちゃんが覗きに来る。
おむつが足りないので夜中に起して外でしっこする。泣きながらも、まる。
【7月28日】
朝、理髪屋加藤へ行く。きれいに、クリクリと 刈ったり 剃ったりして来ると、又 見違へる様に大きい顔に見へる。
昼頃、はつみさん本郷の留守宅を訪ねて下さったが、三沢へその足で来て下さって 昼過ぎ下諏訪へ行く。丸山さんの居た、武井さん方へ行く。みんな
保美のことを喜んでくだっさた。いろいろ用事を済ませてから葦野湯へ入浴する。熱くても大きい息をしながら泣かずに入る。
【7月30日】 二十四年度〔お舟祭り〕の、「生花奉納会」の日
早朝、みんな 手伝って戴き、七時の汽車で 下諏訪へ。本郷の文化部からも有志が多勢 出席。賑やかで 嬉しい。
諏訪大社子安神社へも御礼を言上。お花を活けるうちは、さつきさんの背や姉ちゃん達の手から手へ渡ってお子守してもらふが、よい子でいる。
小林先生も来て戴き、盛会裡に一日が過ぎる。皆で午後、記念撮影をする。保美ねむくなりジッと抱かれているので嫌になり、ああーんとそっくり返へる。一寸御機嫌が悪い。
後で母ちゃんと二人で山田(写真館)さんが特別写真をうつしてくれる。九時、最終で帰る。 無事に飾って奉納出来ることが嬉しい。
【7月31日】
お子守に西のひろしを頼む。六年生だ。下諏訪にて安部正子さんに美しいセルロイドの、ぐらぐら動く 象の上に 人形ちゃんが 跨って 鈴を振っている
素晴らしいおもちゃを、三越から 買って来て 下さった。
それを置いて眺めて 暫くは 機嫌がよい。ひろちゃんに おんぶして もらい
サーカス辺りを 見に 行って来る らしい。
小林先生とも来て戴きいろいろ手伝って戴いたり、お話も沢山する。いろいろ用事が多く、つい遅くなる。女学校の友達の岩田よしのさんに久しぶりに逢ふ。
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