11月1日
九時、久しぶりに三沢行きを実行する。米を持ったり荷物を持ったり重いリュックサックを背負って仁ちゃんも美佐子ちゃんも元気がよい。保美も母の背に。
家中で お汽車へ乗る。ふりかへりみる八ヶ岳の美しさ。お父ちゃんに、休みながら、八ヶ岳の説明を聞く。途中上諏訪へ降りて日赤諏訪病院へ寄る。
兄ちゃんは耳、美佐子は耳や喉や、健康診断をしてもらい、保美も宮坂先生に診て戴く。便が下るのは 母の腹に虫がいる所為かも知れないでと、虫下しを下さる。十二時近く迄病院にいて、それより都座の映画を見る。野獣狩りや「悲恋模様」にニュース。楽しく家中で見る嬉しさ。保美はよく眠っていてくれる。お弁当を映画をみながら使ふ。夕方四時頃迄見て駅へ。
省営バスにて岡谷へ向ふ。お父ちゃんは途中下車、長地の小口先生宅にて用事あり、其処へ一泊。
夕方の 寒い風の中を 三沢へ行く。お祖父ちゃんも、お祖母ちゃんも、毎日今日か明日かと待ちに待った由。大きく成った保美に驚き喜ぶおぢいちゃんおばあちゃん也。もう疲れて床へ早く入り眠る。
11月2日
一日ごたごた洗濯したりして日を過ごす。仁、美佐子、畑が広いので飛び廻る。家の前のヤマト(工場)の病室が取り壊されて家が明るくなる。流しもよく出来上がり、ポンプの修繕も出来、屋根を塗ってあった。お父ちゃんの俸給を三沢へ廻して下さったのでお家も整頓されるのだ。有難いお父ちゃんだ。
夜、亀の湯へ行く。混んで大さわぎ。姉ちゃんにおんぶしてもらい入る。
11月3日
朝 諏訪大社へ保美の安産祈願のお願いばたしの御礼に底なしの柄杓を持って行く。汽車の中でうんうん唸ってうんちをする。下諏訪駅で降りた時、大便にぐちゃぐちゃのお尻を拭いておむつを取り替へる。黄金だらけで大さわぎ。 今年中にお詣りしたいと思って 気掛かりだったが 御参り出来て よかった。
帰りは いろいろ 大安売りの買い物を 沢山して 昼食頃帰る。
みんな 保美の大きく成ったり 可愛くなったのに驚く。
川岸の岡谷高女 同窓会の 発会式があった由。三沢の公会所で 近くだったのに、誰も知らせてくれず、行かなくて 実に残念に思ふ。
11月4日
お父ちゃんにお迎えに出て戴くお約束だったので安心して沢山のお荷物を持つ。母は保美をおんぶ。持ち上げられない程の重いリュックを仁兄ちゃんが よろよろしながら背負ふ。美佐子ちゃんも重いのを背負ったり下げたり。
三沢を おいとまして駅へ。お祖父ちゃんは 岡谷へ御用に行って、帰り途で
お逢いして、さよなら云って帰って来る。 「よい子で大きく成れよ」 って。
今度保美が三沢へ行く時は、来年の暖かい、よい気候になってからだろう。そして余程大きく成ってからだろうよ。
お汽車の中で一寸おんりして乳を呑む。線路に石が有って小停車で胸がどきどき。富士見に着いてみるとちゃんとお父ちゃんがお迎えに来て下さった。みんな(全部)お荷物を持って、その上、保美を途中から おんぶして下さる。
重い荷物の自転車と、背中の保美と、汗だくだくで歩くお父ちゃん。
仁、美佐子は 縄で自転車を引っ張り乍ら、わあわあ騒いで歩く。母は空身でも やっとこ すっとこ 追い着く。 自分の住んで居る家程よいものはないなあと思い、優しい 愛情の深いお父ちゃんの心に みんな 幸を思ふ。
11月7日
何でも 手に取る。りんご、菓子を しゃぶる。朝は 五時、乳を呑ませて もっと
眠らせようと 考えても、さんざ 乳を呑むと「うおーっ」と大きい声を張り上げて目をさまし、一人で騒ぎ出す。夜中、11時、3時、朝5時と、決まって時間で目をさまし、くすくす 云ふ。まるでラジオのニュースの時間の様だと思ふ。
11月12日
音の感じを知るようになる。ガラガラの鈴を持って盛んにがらがら振ってみる。何か物と物とさわって音が出ると、一方の物を何度もぶちつけて音を楽しむ。母の顔をみると他の人に抱かっていると、鼻声で来たい様子をみせ、両手をそろそろと出す。
11月15日
立沢の御湯立祭りに 生花の展示会を開く事となり、今日は 公民館へ台を
並べるのを、見に行って やる。なかなか 早く出れない。おむつを干したり、
おんぶして出る。いくら急いでも、なかなか 十時頃になり、十二時まで居て、帰って来る。坂を上がるにも重い事。大やでポンドを借りて保美の体重を計ってみる。夜着類を差し引きしてみたら、先月より四匁少なくなっていて心配となる。測り違いかと思ふが、そうでもないか。ニメ百六匁(7、9kg)あり。
夜は 明日の生花会の用意に、よい着物を揃へて 温めて 措く。
11月16日 朝雨、後曇、夕方晴
会員は朝八時公民館へ集合。幕を吊ったり段の飾り付けをする。母は保美を着飾らせて出るのに十時。おむつや いろいろの用意に、子持ちで出るのは容易でない事を 痛感する。もう みんな待ちかねている。
サカ代、さつき、公恵さんと保美は背中から背中へと渡り廻る。二時頃みなで記念撮影。保美の動かない時に撮るからと、写真屋さん保美を一心に見て、動かない様にする。ヨウようヨウなんて変なあやし方をするので、折角すました姉ちゃん達が「ワアアっ」と笑って又やり直し。ちょうど王子様の様に 保美は母の膝に。御総代様が喜んで一緒に写真をとって下さると来て下さったのに役員が気が利かず時間が掛かるので、帰ってもらってしまって残念残念。
折角の記念に、大やの おじちゃん だったのに 本当に残念だった。
大勢の出品、一人一品づつでも場所が狭くてごたごたと込み合ふので、いもっと(もっともっと)場所を欲しいと思ふ。 四時頃、美佐子がお子守りに来てくれる。夜遅くなり皆と帰る。家では仁ちゃんが一人で勉強して待っていた。
11月17日
十時半頃行く。幹部の人達がもう来ていて花を活けている人、庭を掃く人。
どう見ても昨夜のままでは混み過ぎているので、だんだん考えて、前の庭へ段をこしらへて紙で張る。幸い風も無く好都合となり、余程見よくなる。
二時頃迄に、やっと仕上がる。ぼつぼつ甘酒のむ人達も見える。
めぐみさんの家で お昼食に呼んで下さるので行く。あまり 沢山の御馳走に驚いていると、今日はめぐみさん、御嫁様の話で 酒が入る日との事。それで先生には是非にと 呼んで下さった由。ゆっくり御馳走になってお宮の庭に出ると、もう大ぜい大賑やかだった。
みんなお重へ煮〆を入れて来て甘酒をがぶがぶ飲む。いつにない賑やかい人手に、生花の会でみんな黒山の様。
母の居る所へ惣代様来り、「お陰様で こんなに よく飾って戴いて有難う」 と御礼に来る。なかなか何時もより人が引けないので、夜くらくなってから生花の片付けをする。 星を戴き、皆で家路につく。一安心。
11月19日
午後よりお菜(野沢菜)洗ひなので御子守を美佐子がする。重いのによくおんぶしてくれるので可哀想だ。小さいびくを二つ持って山へ松葉拾いに友達と行き、ぎっしり詰めて勇んで帰って来る。
長い時間おんぶしてくれるのでどんなに体に堪えるかと心配ながら子守ってもらふ。よく子守したり抱いたり、やすみは大きくなったら、余程お姉ちゃんの用事を足してやらなくちゃあいけないよ。
味のある物を手に持って、むしゃぶりつく。何か余程たべたいらしいが、順序をつけてと気長にする。
何か音の出るものを 叩いてみせると、その通り すぐ真似をして叩いてみる。
手を中へ入れておいても直ぐ出してしまふので、凍った様な手をして眠る。
11月20日 初雪
初雪が 沢山ふる。 昨日こいだ(抜いた)お菜が、めた(どんどん)枯れるし、
子供のお休みの時に子守を頼みたいので、雪の中でお菜洗ひをする。体が冷え切って、ぞごぞごする。夕方までかかる。みんな手分けで お手伝ひしてもらい、夜、漬かる。(諏訪地方では野沢菜漬とは謂わず ”お葉漬け”と謂う)
11月21日
抱かって居た父が後へ寝ると一緒に後へ仰向いて、又そろそろと一人で立ち直って 前へ向き、又うしろへ反っては 前へ向き、一人で立つ力が出来た。
お母ちゃんの顔もよく覚えたらしい。鼻が詰まると母が、鼻の穴を口で吸ってやる。見ている仁ちゃんが、「ああきたない」 と云ふが、しょっぱくて、ちっともきたなくない。可愛くてたまらぬ。誰をみても にこにこ お愛嬌者だ。
乳を呑み乍ら、手の指で乳の膚をそろそろ擦っていたが、ここニ三日は もう指でつめくり(つねり)立てて 摘み上げて痛いこと。時々 口の歯が出来るのかと 注意するが 未だ出ない。とても大きな声が出る。ああん、あーあーんと。
お腹をさすると、きゃっきゃっ と笑ふ。くすぐったいらしい。
11月23日
アレーン台風が、八丈島近辺を 荒れ狂っているとかで、びしょびしょ 朝から小止みもない雨だ。勤労感謝の日で学校休み。
朝からお父ちゃんの背中へおんぶして戴き、二階で御本の整理やら色々していらっしゃる。長い事おんぶして眠って又起きたり眠ったり。お乳を呑んで又おんぶ。今度は裁縫箱を作って戴き嬉しい。
母は御子守のある時でなければ、なかなかボロの繕いも出来ないので一生懸命だ。何年も買はず、いよいよ物がおぞく(老朽:摩耗)なり、あちこちぼろだらけだ。戦時中物資がなく木綿物など何一つ買へずに来たので大騒ぎだ。 午後三時近く、びしょびしょ雨の中を仁ちゃんにおんぶしてもらって下羽場のこもり屋へ、疱瘡植えてもらいに行く。此の前の子供の時、通知が来ずにいて今日やってもらふ。 雨のびしょびしょする軒下でやるので、保美を裸にする訳にいかず、袖をまくり上げてやったが、付くかどうか。
ぐっと力を入れてメスで切られる時一寸泣いた。何だか可哀想でたまらない。後で胸を肌けて袖を脱がせて見たが、何だか付きそうにも見えない。付けば付き、付かねば付かぬで心配だ。
食事の時、背中から覗いて見ている。早く食物の順序をつけたいものだ。
11月26日
今日はお父ちゃん家にいらっしゃって御用して下さる。美佐子とお父ちゃんの背中に。大根掘りしながら背中にのんびりした顔でいる保美と、おんぶの父とは 瓜二つ似ている。
こもりやへ種痘の検査に行く。保美もみてもらふつもりだったら、子供はもっと日が経たねば駄目、よく判らぬとの事に、保健婦さんが一日の朝に見に来て下さる予定。母は4個つく。胸が痒いこと。保美は1つは確かに付いたらしい。仁ちゃんは三沢へ早朝、綿入の仕立物を おばあちゃん仕立てて下さったので取りに行く。美佐子も よく子守してくれる。重いのに大変だ。
11月27日
朝から姉ちゃんの背中にいる。昨日の御駄賃は一日中で金十円也。もらって喜ぶ。兄ちゃん帰って又大賑やか。夜寝転ばせて置いたら、頭をぐんと持ち上げて、起きようと顔を真っ赤にして力む。余程体が持ち上がる。大した力となり目を見張る。
耳をカリカリ掻いて血を出す。疱瘡が痒いので自らの耳をかりかり掻くのだ。
11月28日
早朝、文化部長の丈夫君が、お湯だて祭りの写真を持って来てくれる。なかなか保美よく撮れていて嬉しい。よい記念になるのだ。
少々疱瘡のかげんか機嫌が悪い。どうも2つ付くらしい。盛んに ぷうぷうぷうぷう、口で唾をとばす。
11月30日
疱瘡が いよいよ付いて来た。機嫌が悪くなる。 十一月も終りの日、まだ庭の仕事も なかなか片付かぬ。
乳を両手で呑む時、爪くり立てて上げ、摘み上げては 呑む。炬燵には 一寸
うっつかける(うっつかる=背もたれる)と 立っている。つむじが頭の中に二つあるのを、輝男さんの母ちゃんが見つける。
※ これにて1冊目は書き切り。12月よりは 2冊目に。
【尚、10月19日と21日分の冊中頁に挟まって、表裏にメモ書きされた紙片が出て来る】・・・(1文字の書き損じも無い、一見さらさらっと綴ったかの如き本文の、心の準備が垣間見られる覚え書き。無論、世に公表する心算など毛頭も無いのだが、彼女自身の持つ美意識・美学が為せる業であろうか。忙しい日々には心覚えを残して措き、それ等のメモを素に後日、幾日分かを纏めて清書した様子も窺い知れる。)
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